阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「近キョリ恋愛」藤村綾
馴れ親しんだトヨ街駅西口のロータリーは今日もまたたくさんのタクシーがずらっと規則正しく並んでいる。あまり大きくもないこの駅になぜこんなにもタクシーがいるのかといつもながら不思議におもう。電車から吐き出される人達は殆どが自転車ないしお迎えあるいは歩きという割合が多くタクシーに乗るという人をそういえば見たことがないなと今更ながらおもう。タクシーの運転手は暇を持て余しているのかおもてに出て運転手同士たむろっている。いやぁ、暇だねぇ。とか、昨日の競艇どうだった? とか、今日は早上がりしようかな。とかそうゆう話題をしていそうでつい妄想が膨らんでしまう。あたしはロータリーの隅にあるベンチに腰をおろしくたびれた鞄から百均で買ったヒビの入った鏡を取り出し鞄のようくたびれているに決まっている顔をのぞき込む。うん。なるほど。案の定くたびれているしそして目がパンパンに腫れているしあげく浮腫んでいるしもうこれじゃまるでハロウィンの仮装じゃないのかと見紛うほどにいっそおそろしい顔をしている。ファンデーションも何の役にも立ってはいない。アイメークだってそうだ。それでもまだ待ち合わせ時間まで時間があるからなんとなく目もとに乗っているアイシャドーをもう少しだけのせてマスカラを塗った。「マユちゃんはまつげが長いね」修一さんがいつもまつげの長さを褒めてくれた。もしかして爪楊枝が乗るんじゃないの? なんていいながら本当に爪楊枝を乗せられたこともある。「もう! まつげばっかり褒めないでよ!」修一さんの顔がほとんど鼻に引っ付きそうなほど近くにありあたしはついその男なのにその綺麗な顔立ちにうっとりとしてしまった。あたしは自分のまつげに嫉妬し自分でも呆れてしまった。あたしは今マスカラをこってりと塗りながら修一さんを待っている。出会った当時と全くこの浮き立つような気持ちは全く変わってはいないのにもうあたしはこの駅でこの場所で修一さんと待ち合わせをすることは絶対にないのだ。やばっ。そんなことをぼんやりと考えていたらまた涙が溢れてきた。ここで泣けばマスカラが取れてしまいパンダ目になってしまう。あたしは首を上げて空を見上げる。ものすごく真っ青な青い空にぎょっとなる。ああ、空ってこんなに青かったんだなぁと最近空を見ていなかたことに気がつく。この一週間泣いてばっかりいたし仕事も休んでおもてに一歩も出なかったのだ。もはや癈人になっていた。別れの予感は予感ではなく現実になったのだ。毎週、毎週土曜日の十三時にあたしたちはこの駅で待ち合わせをして何か食べに行くか買い物に行くか修一さんのうちに行くかということを六年も繰り返してきた。あっている時よりも待っている時の方が修一さんのことがより深く好きだということがあたしの心に幸せをもたらした。けれどやっぱりあえばあっただけ好きは増していきその増していくのは今だって全く出会った頃と何の遜色もない。だのにな?ぜ?歯を食いしばり?。そんな歌があったなとおもいつつもあたしは途方に暮れる。「もう、マユちゃんのことが、うん、なんていうか、うん、その女としてみれなくなってしまったんだ。なんか妹といるみたいで。ごめん。このまま黙ったまま付き合っていくのが悪いなぁとおもって……」なんとも歯切れの悪い言葉の羅列だった。へ? 修一さんのいいたいことがよくわからなくて頭の中が混乱した。六年も一緒にいて今さら女としてみられない、妹みたいだなんて。とゆうか修一さんには妹なんていない。言い訳がなんだかやぶれかぶれになっていて苦しいなぁとおもったけれどあたしにもう気持ちがないとわかるから、うんわかったとうなずく以外の方法がなかった。わがままをいい、別れたくないとか、別れたら死んでやるとか喚き叫んだところで修一さんに嫌われるだけだ。好きじゃなくなるのは構わない。けれど嫌われるのはもっと嫌だった。なので努めて明るく振る舞い「来週で最後にするから駅で待っているわ」と気丈にしていい女を物分かりのいい女を演じたのだ。この駅で待っているのが好きだったし駅前にある唐揚げ屋さんの唐揚げが好きだったしタクシーの運転手の暇そうな様子を眺めるのが好きだったしそれよりも修一さんが大好きだった。あたしは空から視線をロータリーにうつし鞄の中に鏡とメイク道具を雑にしまいすくっと立ち上がる。きっと後五分で修一さんは来るだろう。やあ、と声をかけ何事もなかったかのようないっそ清々しい笑顔を見せるだろう。あたしはその時の場面を脳内でシミュレーションする。あたしもいつものように、やあといい修一さんあいたかったよといいながら左手を握るだろう。遠くに停まっている信号待ちの白いカローラワゴンを認めた瞬間。あたしの中にあったシミュレーションが一気に白紙になり無意識に涙を流していて頬に温かい液体がツツツと流れていくのを止められないでいる。
(了)