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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「カエル酒造」梅本昌男

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第70回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「カエル酒造」梅本昌男

「本日はよろしくお願いいたします!」

 TV局のスタッフがやって来て、深々と頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 桂啓介も頭を下げた。

 その横には固い顔をした父の正蔵が立っている。

 啓介は桂酒造の九代目。創業三百年、地元で長年愛される酒を造ってきた。 しかし、日本酒離れが進む中、売れ行きはどんどん下がっている。

 そんな中、TVで紹介されるというチャンスが巡ってきた。

 ただ、正蔵はそれに対して乗り気ではなかった。

「はい、おはよう~」

 ポロシャツ姿の四十代前半くらいの男が現場にやって来た。

「ディレクター、おはようございます」

「ちょっと、来て」

 ディレクターと呼ばれた男はスタッフを呼び、小声で話し始めた。

 啓介は聞き耳を立てた。

「今日の台本見たけどさあ、弱いよ。これじゃ」 

 ディレクターは、薄い冊子を手で叩いた。

「ただ古いってだけの酒蔵じゃマズいよ。視聴者は物語を求めている訳でしょ?何かここならでの物ってないのかなあ?」

「すいません、リサーチ不足で!」

 撮影用に並べた酒にディレクターは目をやった。

「あれ、このラベル面白い」

 ラベルには酒を飲む蛙の絵が描かれていた。

「何で蛙なんですかねえ?」

 啓介たちの方に顔を向け叫んだ。

「え~っと…親父、どうしてだい?」

「何の理由もねえ。昔からこうなっているだけだ」

 腕を組み、ディレクターは少し考え込んだ。

「分かりました、こうしましょう。ある日、ご先祖様の夢に蛙が出てきた。それを啓示と受けとめ、ラベルに蛙を使った所、酒がどんどん売れるようになった」

「はあ……」

「あっ、桂さんの“桂”と蛙って文字似てるじゃないですか!これ使おう!で、蛙の酒が有名になって、こちらは地元でカエル酒造と呼ばれ親しまれている。こんな感じでどうでしょうかね?」

 啓介は唖然とした。

 一方、正蔵の顔は怒りでどす黒くなり始めていた。

 TVの影響力はとてつもなく大きかった。

 全国放送ということもあり、電話は鳴りっぱなし、メールの問い合わせも数百件に及んだ。細々とやっていた通販はパンクしそうな状態だった。

 違う放送局から、新たな取材の申し込みが来た。

「私たちはですね、もっと踏み込んだ内容にしたいんですよ」

 打ち合わせに訪れた局員が言った。

「というと?」

「老舗酒造の親子の対立みたいなドラマが欲しいんです」

「対立ですか?」

「こちら、カエルのラベルで有名ですよね?啓介さんがそのラベルを現代風に新しくしたい、そして、正蔵さんがそれに反対という流れで」

「僕たちが、そういう風に演技するという事ですか?」

「いえ、演技という訳ではなく、ドキュメンタリーですね。酒造りの裏側の葛藤を視聴者は見たいんですよ」

「分かりました…」

 

「いやあ、すごい反響でしたよ!視聴率バッチリ!これ第二弾行きましょう」

 先日の局員が興奮気味にやって来た。

「今度は女性向け商品開発話でどうでしょうかね?」

“カエル酒造という愛称で親しまれる桂酒造。この老舗が、今、また新しい試みに挑戦しようとしている”

 男性の声のナレーションが入った。

“それがこれだ。女性にもっと日本酒に親しんで欲しいという願いが込められたフロッギー”

 スポットライトがピンクの酒瓶を照らした。ラベルにはアニメのキャラクターのような、まつげの長いカエルが描かれている。

「親父、協力してくれよ!家族一丸になって、これを成功させよう!」

 必死に訴える啓介。

 背中を向けていた正蔵が振り返った。

 眉間に皺を寄せ考え込んでいる。

 そして、顔を上げると口を開いた。

「炭酸を入れてみちゃどうかな」

 暗転。

 シュワ~っと音を立ててグラスに注がれる酒。

“こうして、炭酸系日本酒のフロッギーが誕生したのだ”

「お父さん、素晴らしい表情でした!渋いです!高倉健さんみたいでしたよ」

 局員はべた褒めした。

「いやあ、そんな大した物じゃない」

 そう言う正蔵の口元が少しニヤついているのを、啓介は見逃さなかった。

 米を蒸す正蔵の姿。

 真剣な目つきをした顔のアップ。

“今、三百年の歴史を誇る酒蔵が革命を起こす”

 大きな樽の下方にある栓が抜かれ、スローモーションで透明な酒が升の中に注がれる。正蔵はそれを一口飲み、満足そうにうなずく。

“プレミアム秘酒・ガマの油”

 フロッギーに続きガマの油も大ヒット商品になった。

 直接、桂酒造を訪れる人々も多くなった。

 彼らのお目当ては、酒その物と正蔵だった。

 渋くて可愛い、シブカワの老人だと若者の間で人気なのだ。

「ねえねえ、おじいちゃん。このラベルって何で蛙なの?」

 女子大生たちが正蔵を囲んでいた。

 チラッと酒のラベルを見て、じっくり間を置き、話し始めた。

「初代が酒を造り始めたが、味は良いのに売れない。そんな時にな、見たんだよ。蛙の夢をな…」

(了)