阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ゴールドラベルの男」大川かつみ
喫煙室で一服していると隣にいた人事部の同僚が
「今度、ここの営業所にゴールドラベルの男が本社から転勤してくるらしいぞ。」
と言った。俺はくわえていた煙草を手に持ち
「なんだい?そのゴールドラベルの男というのは?」
と尋ねた。
「さぁ、判らない。とにかくゴールドラベルらしいんだ。」
「新しい肩書きなのか?課長や部長みたいな。」
「知らんよ。ただゴールドラベルとしか。どうも営業部に配属らしい。」
営業部は俺の部署だ。俺は第二課の課長だ。
「ふーん。」
とだけ言った。
翌週月曜の朝礼でその男は支店長の横に立っていた。
「今度、我が神奈川支店営業部に配属が決ったゴールドラベルの鈴木マモル君だ。」
支店長に紹介されて、その男が声を発した。
「本社よりきましたゴールドラベルの鈴木守です。宜しくお願い致します」
その瞬間、事務所内がざわついた。それはそうだろう。誰もが疑問に思う。
(なんだ?ゴールドラベルって?)
しかし驚いたことに支店長からその事についての説明が一切なかった。
ゴールドラベルの男はあろうことか営業第二課、つまり俺の課に配属が決った。
「宜しくお願い致します。」
ゴールドラベルの男がデスクにいた俺の所にに部長と共に挨拶にきた。俺は挨拶もそうそう、まじまじとその男を見た。
「君のスーツにつけている社章、我々は銀だが君のは金だね。」
「えぇ。何せゴールドラベルですから」
「……ちょっと名刺を見せてくれる?」
「はい。まだ本社の時のですが」
そう言って彼は名刺を差し出した。案の定、社章が金色だ。しかもご丁寧に肩書きとして“ゴールドラベル 鈴木マモル”とある。
「一体、君のどこら辺がゴールドラベルなんだい?」
「質問の意味が良く分かりませんが?」
少しムッとしたようだった。
「君、彼はゴールドラベルなんだぞ。言葉を慎しみたまえ」
部長からピシャリと言われたので詫びた。
結局、訳の分からないまま、ゴールドラベルの男は俺の部下となった。真面目だが特別に優秀な営業成績でもなく凡庸な男だった。何故、この男がゴールドラベルなのか?
本人に聞いてもよく判らないらしい。昨年春、入社四年目に入った時、突然社長から直々に
「今日から君はゴールドラベルの男だ」
と言われたのだそうだ。以来、名刺から何からゴールドラベルに相応しいものにかえられた。一体、上層部は何を考えているのか?
ある時、本社から面識のある役員が査察にきたので、思い切って聞いてみた。
「何故、ゴールドラベルの人間が必要なんですか?」
彼は俺の顔を見て穏やかに聞き返した。
「君が仮に就職活動をしている学生だとしよう。同じような規模で同じような待遇の二社が候補だとする。しかし片方にはゴールドラベルの男がいる。片方にはいない。君ならどちらの会社に入りたいかね?」
「ゴールドラベルの男がいる方ですかね」
「そうだろう。要はそういう事なんだよ」
「そもそもゴールドラベルって何なんです?」
役員は溜息をついて言った。
「君も人に聞くばかりでなく、その概念を作り上げる方に廻る頃だと思うがね」
ゴールドラベルは輝いているべきだ。その為には彼を立てねばならない。俺はゴールドラベルの男を大きな商談に同行させた。
「こちら、弊社のゴールドラベルの男です」
彼をそう紹介すると相手はわざわざゴールドラベルの社員が出向いてくれた事に、恐縮し大いに喜んでくれた。その商談は成立した。
その後も大きな商談に彼を同行させると、とんとん拍子で上手くいった。
「さすが、ゴールドラベルの男だ」
そう崇め奉った。彼が同行すれば上手く行く。そんなジンクスが営業部内で浸透した。本人が何もせす、ただいるだけだ。だが、結果的に全体として営業部の成績がアップし、部長は俺がゴールドラベルの男を活用出来ている事を称賛してくれた。その上で呟いた。
「今度、本社からブロンズラベルの男が転勤してくるらしいんだが……」
ブロンズの概念?俺は途方に暮れた。
(了)