阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「リモコンロボット」阿門遊
俺は仕事を終えると、急いで自宅に帰った。玄関口に立つ。ポケットからスマホを取り出した。画面のボタンを押す。
玄関のドアが開いた。再び、ボタンを押す。部屋全体が明るくなった。居間に入る。ボタンを押す。エアコンのスイッチが入った。ああ。快適だ。体から汗が引いていく。
「ああそうだ。風呂を沸かさないと。汗を流して、ひとっぷろ浴びた後の、ビールはおいしいぞ」
再び、ボタンを押す。
「さて、夕食の準備だ。今日は何だ」
スマホの画面を動かす。
「チャーハンとシューマイと卵スープに野菜サラダか」
「このとおり、作ってもよろしいですか?」
画面にメッセージが流れた。俺はOKのボタンを押した。すると、キッチンでは、ロボットアームが、冷蔵庫を開け、食材を取り出し、料理を作りだした。アームが十二本もあるため、チャーハンやシューマイなど、料理を同時に、手早く作ることができる優れものだ。
「ああ。食事の前に、掃除をしておかないといけないぞ」
再び、ボタンを押した。部屋の隅に鎮座するお掃除ロボット・ロボ吉が動き出した。
「それに、洗濯もだ」
風呂場の方で、洗濯機が動き出した。
「ただいま」
子供の洋が居間に飛び込んできた。学校から帰って来たのだ。
「お腹が空いた」
「もうすぐ、夕食だから、我慢しなさい。それより、学校の宿題は?」
「でも、何か食べないと、元気がでないよ」
洋が椅子に座り込んだ。
「仕方がないな」
俺はボタンを押した。すると、目の前にアームが伸びてきた。料理を作っているロボットの予備のアームだ。こういう時には、十二本のアームは助かる。たしか、十本のアームにするか、十二本にするか、迷ったのだが、妻の「大は小を兼ねる」の一言で、十二本に決まったのだった。
そのアームは栄養ドリンクを持っている。洋は容器を掴むと一気に飲み干した。
「じゃあ、夕食まで、勉強しているね」
洋は二階の自分の部屋に階段を駆け上っていった。俺はすぐさまボタンを押した。これで、部屋に備え付けの講師ロボットが、洋の勉強を教えてくれるだろう。
すると、足元で何かが蠢いている。そうだ。忘れていた。ロボ吉が掃除を終えたので、犬や猫のようにじゃれているのだ。
最近のロボットは、こういう細かい演技までもがインプットされており、思わず心が和む。俺はボタンを押した。ロボ吉は、再び、部屋の隅の格納庫に収まった。
「と、いうことは、洗濯も終わっているな」
確認のため、風呂場の方に行くと、既に、洗濯ものは衣服ボックスの中にきれいに畳まれていた。洗濯機にもアームが付いているのは本当に便利だ。
俺が居間に戻ると、目の前に、アームが伸びてきた。お皿には、チャーハンが少量とシューマイのかけらが乗っている。俺はそれを一口つまんだ。
「よし。味はいいぞ」
俺は、了解の声を掛けた。アームは、手早く料理を皿にのせると、テーブルの上に並べた。
「これで、いつでも夕食が食べられるぞ」
その時だ。
「ただいま」
ちょうど、すべての準備が整ったのを見計らったかのように、妻が帰ってきた。
「ああ。疲れた」
妻は居間に入ってくると、俺には見向きもせずに、ソファーにどかっと座り込んだ。
「夕食はできている?」
「はい」
「お風呂は沸いている?」
「はい」
「掃除は済んだ?」
「はい」
「洗濯は?もう、畳んであるの?」
「はい」
「洋は勉強している?」
「はい」
「そう。よくできました」
「はい」
妻はスマホを取り出すと、ボタンを押した。俺は、ロボ吉の横に移動して、動きを止めた。
「最近の主夫型ロボットは便利になったわ」
最後の電流が脳に到達すると、俺の意識は消えた。
(了)