阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「リモート同居」華島けいこ
私は一人暮らしの今、娘一家とリモート同居をしている。お互いに都合が悪い時以外は、ずっと繋がっている。家中の至るところに設置されているカメラは二十四時間つけっぱなしで、声も届くから、リビングでくつろいだり、台所で冷蔵庫を開けたり、孫の部屋を覗いて声をかけたり、本当に同居していると勘違いしそうだ。
視力と聴力が衰えた私に合わせて装置が自動調整してくれるので、実際に会うよりもよく見え、よく聞こえる。孫娘の顔をズームして会話できるし、言い争いの後に娘の顔を最大限に拡大して「しわが増えたなぁ」と毒づくこともできる。いいとこ取りのリモート同居を選んでよかったとしみじみ思う。
今日はケーキを焼くらしい。画面の向こうの台所で、娘と孫が二人で楽しそうに作業をしている。卵を割ったり、小麦粉やバターを計ったりする孫を間近で見ることができて、成長を感じる。
娘は焼き上がったケーキを切り分けて、一切れを箱に詰めた。それを持って画面から消えたので、鬼の居ぬ間に孫とおしゃべりをする。
「今日、なみちゃんとけんかしちゃったの」
孫は一瞬、暗い顔をした。くわしく聞こうとすると、娘が戻ってきた。
「もうすぐ届くから」
娘は自分たちの分のケーキを取り分け、飲み物の用意をしている。私もこちら側で大好きな紅茶、今日はアップルティーを入れて待っていると、ベランダで電子音がした。さっき画面の向こうで見た、ケーキの入った箱を配達してきたドローンが、あっという間に遠ざかっていく。準備が整い、ティータイムのはじまりだ。
娘は我が子の作ったケーキを褒めつつ、こちらに「顔色悪いけど大丈夫?」と聞いてきた。
「夕べ、エアコンが寒くて寝られなかったのよ」
私は六畳の和室に布団を敷いて一人で寝ている。夫が生きているときは狭かったが、今は広くて寂しい。エアコンはムーヴアイ搭載で、人の体温を感知してそこに向けて風を送ってくる。寒かったので布団ごと場所を変えても、追いかけてきて見逃してくれない。広い六畳を逃げ回っている内に朝がきた。
「寒いからやめて」と叫べば済むことでしょうと娘は冷たい。そう言われてはじめて、最近の家電は、もはやリモコンがなくても声で反応してくれるということを思い出した。
ティータイムが終わり、画面の二人は「これから本題に入ります」とでも言うように真面目な顔つきになった。今日、けんか別れしたなみちゃんとどう仲直りするか、AIを交えて相談している。と言っても実際は、ほとんどAI頼みだ。
話を聞いている内に孫の態度の方が悪かったように思えてきて、「AIなんか使わないで、自分で考えさせた方がいいんじゃない?」と口を挟んだ。
「向こうもAIを使ってるんだから、AI抜きでは対抗できないよ!」
娘からきつい答えが返ってくる。娘は私を労ってくれるが、私の意見は聞いてくれない。うるさく言い過ぎるとリモートを切られてしまう。
ふっと、大昔のことを思い出した。幼稚園卒園間近の少し暖かくなってきた頃のこと。三年も通っているのに園庭のブランコに一度も乗ったことがなかった。自由時間になると気が強くて足の速い子がブランコを取ってしまう。今のように「みんな平等に」と気を配ってくれる時代ではなかった。
その日も、ブランコの横で「空いたらいいのに」とかすかな希望をもって待っていたが、ほとんど諦めていた。その時、私はひらめいた。
「さやちゃんはもっとうまく漕いでいたよ」
そう言ってみると、その子は負けじと力いっぱい漕ぎ出した。「もっと高かったよ!」と叫ぶと、ブランコの鎖がたわむほど漕いだ。
遠くから見ていた保育士が危険を察知して走ってきて、ゆっくりとブランコを止めて、その子を降ろした。怒られているその子を横目に、私は素早くブランコに飛び乗った。初めてのブランコを揺らしながら、言い方を変えるだけで希望が叶うことを知った。
昔から、リモコンはあったのだ。それも最新の、声で伝わるリモコンが。
何かの用事を思い付いたのか、画面から娘が見えなくなった。一人になった孫に仲直りできる魔法の言葉があることを優しく伝えた。
明日その子に会ったら、最初に言うのよ。「昨日はごめんね」と。
(了)