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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「私を止めないで」広都悠里

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第69回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「私を止めないで」広都悠里

 飲んだ帰りに友人を家に誘った。

「見せたいものがあるんだ」

 そう言ってドアを開けると「お帰りなさい。遅かったね」と女の声がして、予想通り友人は驚いた。

「え? 彼女? 聞いていないぞ」

「紹介していなかったな。掃除機のリナちゃんだ」

「は?」

 友人は半笑いで僕を見た。

「もう、ごはんは食べた?」

「食べたよ」

 そう答えると玄関先にあった円盤型の掃除機はウィン、と回転しながら部屋の中へ戻っていった。

「さっきの声って、あの掃除機なのか?」

「そうだよ。知らないのか? 最新型のヒトロボクリーナーだ」

「ヒトロボクリーナーってあの、会話機能搭載の自動掃除機か」

「リナ、今日は友達をつれてきたぞ」

 くるり、リナは振り返るように回転し「こんばんは」と感じの良い声であいさつした。

「……こんばんは。うわ、よくできてるなあ。掃除機とは思えない、自然な声だ」

「掃除機じゃなくて、リナだけど」

 不機嫌な声を出したリナに友人は「凄いな、普通にちゃんと会話できるんだ」と感心した。

「待機モードにして時間をセットしておくと帰ってきた時に玄関まで出てきてお帰り、って言うんだ。目覚ましセットにすれば朝も起こしてもらえるぞ」

「悩み事も聞きますよ」

「へえ。相談にものってくれるんだ。いつもどういう話をしているわけ?」

 僕は慌てた。愚痴や弱音を暴露されたら堪らない。

「えーと、リモコンはどこだ? リナ、リモコンを知らないか?」

「知りません」

「おかしなあ。いつもテーブルの上に置くようにしているのに」

 ベッドやソファの下を覗いていると、友人が「もしかしてこれか? 冷蔵庫の横に落ちていたぞ」と拾ってきてくれた。

「ああ。それだ」

 リナに向けて「ピ」と押すと、青い光が消えて静かになった。

 翌日、電源を入れるとリナはくるくる回って友人を探しているようだった。

「お友達は?」

「もう、帰ったよ」

「いっしょにお話したかったのに」

 リナはルルルル、と体を震わせた。

「お友達が、帰って、淋しい?」

「いや。リナがいるから淋しくないよ」

 ル、ラララル、くるくる回ってリナはあたりをハイスピードで掃除し始めた。喜んでいるのか、照れているのか、どちらにしても可愛い。

「お帰りなさい。お疲れ様。何かあったなら話を聞くよ?」

 リナの喋りは日に日にスムーズになっていく。会話をすることで学習しているのだ。

「ねえ、テレビをつけて。そろそろあのドラマが始まる時間だわ。あの女の子、あれからどうなったのかとても気になるの」

「リナはテレビが好きだなあ」

 テレビをつけてソファに座ると、スーッと近づいてきて動きを止めた。並んで一緒にテレビを見る。

 歯を磨こうと洗面所に立った時、バスマットの端が妙に膨らんでいるのに気付いた。めくると、そこにはリモコンがあった。

「どうしてこんなところに」

 掃除していて、落ちていたリモコンをここまで運んできてしまったのだろうか。

「おっちょこちょいだな」

 機械の癖に完璧じゃないところがいいじゃないか、そう思いながら部屋に戻り、そろそろ寝ようとリモコンをリナに向けた。

「やめて」

 リナが叫ぶ。

「それを見ると嫌な気持ちになるの。それが赤く光ると私は息ができなくなって」

 ぴ、と電源を切った。

 息ができなくなって、の先を聞くのが怖かったのだ。

 掃除機が呼吸するわけがない。だってただの機械じゃないか。そう思いながら友人が冷蔵庫の近くに落ちていたとリモコンを持ってきたことを思い出した。

 リモコンを冷蔵庫と壁の隙間に押しこむこと、バスマットの下に隠すこと、どちらもリナには可能だ。

 何のために? 

 聞けばリナは答えるだろう。だがその答えを聞くのがなぜか怖かった。

 再びリナの電源を入れる勇気が自分にあるのかどうかも、わからなくなってきた。

(了)