阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「リモコリモコン」赤沼夕時
「こちらが同じ型のリモコンです」
電気店の営業Y氏は私に見慣れたリモコンを差し出した。テレビのリモコンがどこかに行ってしまい、老いた足腰で店まで買いに行くのも億劫だったので電気店に電話してみたところ、家まで持って来てくれるというのでお願いしたのだった。
「今回はもうひとつ、お勧めがございまして」
なるほど、営業の目的も兼ねていたのか。Y氏はカバンの中をがさごそやって、カードほどのサイズの小さなリモコンを取り出した。
「それもリモコンですか?」私は尋ねた。
「はい。今回のようにリモコンが見当たらなくなること、よくございますよね?」
確かに私は度々リモコンをどこかにやってしまう。
「そこでこれがお役に立ちます」
そう言うとY氏は、少し離れた場所にテレビのリモコンを置いた。そしてもうひとつの、カード状のリモコンを私に手渡した。真ん中に大きなボタンがついている。
「そのボタンを押してみてください」
言われるままにボタンを押して私は驚いた。テレビのリモコンがひとりでに、私の元へするすると近寄ってきたのだ。Y氏はそれをパッと拾って、私に裏側を見せた。
「実はこのテレビのリモコン、ウラに車輪がついてるんです。そしてこっちのカードリモコンで呼び出すと、リモコンの方から自動で手元にやってくる、というわけです」
なるほどこれは便利だ。リモコンのリモコンなので、私どもはリモコリモコンと呼んでます、とY氏は言った。確かにこのリモコリモコンがあれば、前のリモコンも無くさずに済んだだろう。
しかしここで私に小さな疑問がわいた。
「このリモコリモコンで直接テレビも操作できてしまえば、わざわざ元のリモコンを呼び出さなくてもいいんじゃないかね?」
いちいちリモコンを二つ使わなければいけないのは面倒だ。
「そうおっしゃる方もいます。ですのでこういう商品もございます」
Y氏はカバンからまたひとつリモコンを取り出した。見たところ元のテレビのリモコンと形は同じだ。
「こちらはリモコリモコン機能付きリモコンです。元のリモコンを無くされた時、それを呼び出すのにも使えて、さらにこのリモコン自体でテレビの操作もできます」
いいじゃないか。これならリモコンも無くさず、さらに操作もひとつで済む。元のリモコンと、リモコリモコン機能付きリモコンを購入するのが最善だろう。すると、私の様子を察したY氏が言った。
「ではリモコリモコン機能付きリモコンを無くされた場合はどうされますか?」
そうか……その可能性もある。どちらも無くしてしまっては、もうリモコンが呼び出せない。
「そこで私といたしましては、リモコリモコン付きリモコンのリモコンもおすすめいたします」と、また別のリモコンをカバンから取り出した。リモコリモコリモコンということになりますが、とY氏は言った。
「もちろんリモコリモコリモコンのリモコンもございますし、さらにそのリモコンもございます。どれを無くすかわかりませんからね」
Y氏はさらにカバンからリモコンを取り出しながら言った。私は頭がこんがらがってきた。形の似通ったリモコンは、手元で見比べないと、どれがどのリモコンかわからなくなりそうだ。
「全部のリモコンを手元に呼び寄せるリモコンはないのかね?」
「ございますよ。こちらです。オールリモコリモコン。その場合も無くされては困りますので、オールリモコリモコンのリモコンもお勧めしています」
それらを買えば安心……なのだろうか。頭痛がしてきた。
「おじいちゃんただいま!」
孫が学校から帰ってきた。そしてポケットからスマホを取り出し、何かちょこちょこっといじって、テレビの電源を入れた。
そのままスマホでテレビのチャンネルを変え始めた孫と、テーブルの上のリモコンの群れを見比べて、私は一気に馬鹿らしくなってしまった。
Y氏には広げたお店をたたんでもらい、そのままお引き取り願った。孫もすぐにテレビに飽きてどこかへ行ってしまった。
やれやれ、いささか疲れた。ひと眠りしよう。私は手元に置いていた長い棒を取った。その先端をテレビにのばしてスイッチを押し、電源を消した。
静かになった部屋で、私はソファにもたれた。単に替えのリモコンくらい買っておけばよかったか……。そう思いながら目を閉じた。
(了)