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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「リモート・コンプレックス」楠守さなぎ

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第69回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「リモート・コンプレックス」楠守さなぎ

二〇二〇年、世界中で新型のウイルスが流行し、日本でも外出自粛の要請が出された。企業にもテレワークの導入が求められ、私の働く会社でもそれは取り入れられた。今日はテレワークが始まって一週間、初めてリモート会議が行われる日だ。

背景に何も移り込まないように、私は自室の一角を片付けた。ローテーブルにノートパソコンを置き、カメラの位置をセッティングする。社内連絡はメールか電話を使っていたので、社内の人と顔を合わせるのは一週間ぶりだ。普段とは違う会議に緊張しながらも、私はWeb会議システムに接続した。

「おはようございます。」

画面には既に数人のメンバーの顔が並んでいた。朝、出勤した時の感覚で声をかけると、画面の中の人達も異口同音に挨拶を返してくれた。

私の目はすぐに、画面の中の課長に向かう。私の憧れのその人をじっと見つめていても、誰にも気付かれる事は無い。その事に内心ほくそ笑みながらも、表向きは真面目な顔を取り繕って、雑談し合う皆の声に耳を傾けた。

やがて会議が始まった。でも今日は特に報告事項の無い私は、ぼんやりと画面を眺める。画面の向こうにいても課長はカッコいいなぁとぼんやり考えていると、ふと画面右上の小さな窓に気付いた。そこには妙に顔色の悪い女が映っていて、こんな人いたっけ?とまじまじと見つめる。そしてそれがカメラに映った自分自身の顔だと気付いた瞬間、私は声にならない悲鳴を上げていた。

何故こんなにも暗い、幽霊のような顔をしているのか。いや、それ以前に私の画面ではこれは小さく表示されているけれど、他の人の画面にはもっと大きく映されているのではないか。それは当然課長の画面にも。

その後は、とにかく画面から極力離れる事しか頭になかった。会議が終わった後は、各自リモートワークに戻る事になっていたけれど、私は人目が無いのを良い事に、すぐさまインターネットの検索画面を立ち上げた。「リモート会議 顔色が悪い」で検索すると、ずらずらと結果が表示される。その中から目ぼしい記事をクリックすると、答えはすぐに分かった。光が足りないと顔が暗く映ってしまう、との事だ。すぐさまそのページでお勧めされている、美白が自慢のリモート用LED照明の購入ボタンを押した。

翌週、最適な角度でライトを取り付けて、私は会議に挑んだ。

「あれ?盛岡さん、先週と違いますね。」

早速変化に気付いた後輩が声をかけてくる。内心喜びながらも外には見せないように、澄まして答えた。

「あら、そうかしら?」

「あぁ、違うよ。盛岡さん、今日は白くて綺麗に見えるね。」

優し気に微笑む課長に、私は舞い上がった。この言葉を聞くために、わざわざ買ったのだ。

「ありがとうございますぅ。」

私ははにかみながら、両手を頬に添えた。

もう臆する事は無い。そう思って臨んだ、次の週の会議の日。私は画面を見て驚愕した。後輩の画面が誰よりも明るく、男性陣の暗い画面が並ぶ中でひときわ輝いて、彼女を可憐に見せていたのだ。

「お、今度は三沢君が白くなったねぇ。」

「そうなんですぅ。先週、先輩のライトが良いな~って思って、私も買っちゃいました。」

和やかにほほ笑む部長に、後輩が明るく答える。若い彼女は光に照らされても、シミ一つ見つけられない。それにひきかえ私は……。その日の会議が終わるとすぐに、私はまたネット検索を始めた。

次の週の会議で画面に映った瞬間から、私は注目の的だった。驚いた皆の表情に、私の心は優越感で満たされる。それは当然の事。私はこの一週間、『映える!オンライン用メイク術』というオンラインセミナーを受講して、みっちりとメイクの特訓をしていたのだから。舞台用メイクを取り入れたというこの技術は、いかに美しく人目を惹くかという事を重視しているらしい。南国の鳥のようなアイシャドー、風を起こせそうな長いつけまつげ、冬の日の子供のように鮮やかなチーク、血のように赤い口紅。課長も、皆も、私を見て!画面の中の私は、リアルよりも輝いているのだから!

(了)