阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「芽吹き」結城綾香
私は、先生だった。
正確には、そうプログラミングをされたので、そうならざるを得なかった。
「先生は、何でも知ってるね」
「何千ものデータや結果が、頭の中に入っているからね」
「私も、先生みたいになりたいなあ」
小学校低学年の児童たちは、私にそんな言葉をかけてくれた。
中学生や高校生の先生たちは、時々暴力を振るわれたり、暴言を浴びせられたりするという。
ロボットとはいえ、多少の自意識はあるものだから、そういう児童がいないことは救いであると思う。
「なんだか怖いわ。昔の映画では、人間を襲って世界を掌握するとあったし」
三者面談などで、時々、こういった言葉を浴びせられる。
「そうですね。だから、人間とは仲良くありたいです」
無難に返せば、それ以上の追及は無い。
争いに意味は無いことを、何故、人間は歴史から学ばないのか不思議になるが、私たちより繊細で弱いが故の、複雑さであるのだろう。
私は、そんな人間が嫌いではない。
「隣の組の先生、廃品回収に持っていかれちゃったんだって」
先ほども述べたが、私たちには自意識がある。個体それぞれの考え方を持っている。
「世界は滅びる」
等の、予見をしてしまうロボットもたまにいるが、私たちは嘘をついてはいけないとプログラミングされているため、そういった個体はすぐに廃品回収に持っていかれる。
「人間を怖がらせてはいけないよ」
「辛い現実など、子供のうちに教えすぎなくていいのだよ」
最初の研修で、白衣を着た人間たちに刷り込まれたその言葉を固く守り続けるためには、自意識の芽が育ちすぎないために、自身を律さなければならない。
先生とは、そういったものなのだ。
「もう、先々長くないんです」
長く休んでいた生徒の親が、涙を流しながら、突然に私を訪ねてきた。
「あの子に、先生としてしてやってほしいことがあります」
「なんですか」
「あの子に最後の授業をして欲しいのです」
「わかりました。上と相談してみましょう」
学校の外に、先生が行くことはあまり好まれない。悪い影響を受けて、自意識が刺激をされてしまうと故障に繋がってしまうからだ。
案の定、教頭はその届に難色を示したが、人間である校長は、
「昔、僕が憧れたドラマの先生ならきっと行ってあげただろう」
と、目に涙をためながら承諾をした。
翌週の金曜日の放課後、保護者の車に乗って生徒の病床へと向かう。
「先生、久しぶり!」
データの中の写真より、ひどく痩せた身体に似合わない元気な声で笑いかけている。
髪の毛は抜けてしまっていたが、女の子らしいピンク色の帽子がとてもよく似合っていた。
「お久しぶりです」
母親らしき人の採点がされている算数のドリルを開いて、バツ印の個所を指さし、
「先生に教えてほしい事がたくさんあるよ。ずっとひとりで勉強してたから、今日は沢山教えてね」
と、嬉しそうに鉛筆を握った。
「お母さんでもよかったんだけれど、先生は嘘をつかないから」
ドリルが終わり、病室を立ち去るころ、彼女が零した言葉に違和感を覚えた。
「お母様も嘘はつかないはずですよ」
「そんなことない。明日にはよくなるって言って、ちっともならないもん」
「先生は、どう思う?」
回路が重くなり、返答が出てこない。
『人間を怖がらせてはいけない』『つらい現実を教えすぎてはいけない』けれど、嘘をついてしまえば、私は先生失格となってしまう。
正解とは、正解を導き出さなければ。
「ごめんなさいね。先生も困っちゃうでしょう」
押し黙っていると、見かねた母親が助け舟を出してきた。生徒は、年齢に相応しいまっすぐな視線を私に注ぐ。それは、太陽や水のような類のものだった。
回路が止まり、私は自意識の芽が伸びるのを認識した。
すべての回路が止まる数秒前の出来事だった。
(了)