「小説の取扱説明書」~その33 大きな嘘は一つだけにする~
公募ガイドのキャラクター・ヨルモが小説の書き方やコツをアドバイスします。ショートショートから長編小説まで、小説の執筆に必要な情報が満載の連載企画です。
第33回のテーマは、「大きな嘘は一つだけにする」です。
今回は小説の中の“嘘”について説明するために、テキストとして浅田次郎「うらぼんえ」(『鉄道員(ぽっぽや)』所収)を使います。未読の方はご注意ください。
故人が登場するファンタジー
浅田次郎「うらぼんえ」は、主人公(ちえ子)の前に、亡くなった祖父が現れるというファンタジーです。
死んだ人が現れ、しかも、ちえ子の夫の親族と離婚の話し合いまでするのです。
あり得ないといえばあり得ない話ですが、説得力があるからそうは思わないんですね。
「うらぼんえ」は、こんな話です。
ちえ子の両親はちえ子が幼い頃に離婚し、お互いが親権を放棄したため、ちえ子は祖父母に育てられます。その祖父母も、ちえ子が大学生のときまでに亡くなり、ちえ子は一人になります。
このあたり、文庫本で2ページほどの導入部として説明されています。
夫の親族にいじめられるちえ子
メインの舞台は、ちえ子と邦男夫妻が、邦男の祖父の新盆のために帰省する場面です。
このとき、邦男には愛人がいて、もうすぐ愛人に子が生まれるという状況です。
このことは邦男の親族にも発覚しており、父親は邦男とちえ子を離婚させるつもりです。
そんな状況で帰省したわけですから、ちえ子は邦男の親族に嫌味を言われます。
「なあ、ちえ子さん。そりゃ大学まで出て、専業主婦になるのはいやかも知れんけど、仕事か家庭かって言われたら、ふつうはどっちか取るもんだら。共働きで子供もよう作れんじゃ、邦男ばかり責めるわけにもいかんで」
(浅田次郎「うらぼんえ」)
邦男の兄のセリフですが、「共働きで子供がいなかったから邦男が浮気をした、ちえ子にも責任の一端がある」と言いたいようです。ひどいですね。
「邦男は毎日が針のむしろじゃ言うとるよ。身内としちゃ放っとけんだろうが。親兄弟がしゃしゃり出て困るんなら、あんたも身内を連れてこい。本人同士で埒があくはずはねえら」
(浅田次郎「うらぼんえ」)
邦男の父親のセリフですが、ちえ子に身内がないと知ったうえで言った嫌味です。
ちえ子はやり場のない怒りで身を震わせつつ、話し合いに応じる旨、返事をします。
そして、一族に取り囲まれた話し合いの場を想像し、「悪いことは何一つしていないのに、たった一人では正義を主張することはできないだろう、理不尽だ」と思い、「誰か一人でもいい、正義を代弁してくれる人がいたらどれほど心強いだろうか」と思います。
孤軍奮闘のちえ子の前におじいちゃん登場
「ちいこ」と幼い頃の呼び名で呼ばれ、振り返ると、そこにちえ子のおじいちゃんがいます。
冷静に考えると、「そんなバカな」なのですが、ちえ子が可哀想で、誰か助けてやってよと思ったときに登場しますから、なんとなくおじいちゃんの登場を受け入れてしまうんですね。
しかも、おじいちゃんはお盆の迎え火に彩られた煙の中から現れますので、さもありなんと思ってしまう。
このあと、なんだか笑ってしまうようなやりとりがあります。
ちえ子のおじいさんを知らない人は、
「ちえ子さん、何でそれならそうと言ってくれんだね」
と、突然のちえ子の身内の登場に慌てます。
「あれ、何か不都合でもあるんですか。さっきは、身内を連れてこいとおっしゃっていたくせに」
いじめられていたちえ子が一矢報いた感じで痛快ですね。
一方、邦男はちえ子のおじいちゃんが故人だと知っています。
「おじいちゃんが来てくれたの。ご挨拶してよ、あなた」
「あ、どうも……来てくれたって、おまえ。どういうことなんだ、どうなってるんだよ」
「お盆だから」
(浅田次郎「うらぼんえ」)
幽霊が現れた理由を「お盆だから」には思わず笑ってしまいましたが、ちえ子も邦男もおじいちゃんの存在を疑っていないようなので、読者としても、きっと生きたままの姿で現れたんだろうなと想像します。
また、このおじいさんがなんとも人間っぽい。
「――やい、邦男」
「は、はい」
「てめえ、よくも俺の孫娘をコケにしてくれたな」
(中略)
「あとでじっくりと話し合ってやるが、事と次第によっちゃてめえを連れて帰るぞ。いいや、なんならじじいもばばあも、まとめて面倒みたろうかい」
(浅田次郎「うらぼんえ」)
ちえ子のおじいさんは肩に入れ墨がある江戸っ子ですが、この口上がなんとも小気味よく、話に引き込まれて、「あり得ない話」なんて思う暇がありません。
事実の中に一つだけ嘘を交える
幽霊が現れても、それを受け入れてしまうのは、設定と筆力が絶妙だからです。
「舞台設定が、先祖の霊が帰ってくるというお盆」
まず、これが効いています。
その上で、場面の状況がありありとわかるように書かれていますから、読者自身も現場を目撃したような気持ちになり、本当の話のように錯覚してしまうんですね。
それともう一つ、大きなコツがあって、
「故人であるおじいちゃんが現れる」
という一点を除いて、それ以外は忠実に現実を書いているということ。
事実(と思われる)ことを積み重ねて、一つだけ嘘をつく。
これが本当っぽくするコツです。
(ヨルモ)
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ヨルモって何者?
公募ガイドのキャラクターの黒ヤギくん。公募に応募していることを内緒にしている隠れ公募ファン。幼馴染に白ヤギのヒルモくんがいます。「小説の取扱書」を執筆しているのは、ヨルモのお父さんの先代ヨルモ。