ヨルモの「小説の取扱説明書」~その26 象徴的小道具~


公募ガイドのキャラクター・ヨルモが小説の書き方やコツをアドバイスします。ショートショートから長編小説まで、小説の執筆に必要な情報が満載の連載企画です。
第26回のテーマは、「象徴的小道具」です。
シャレードは文章で書かずに行間で言う
ストーリーを物語るためには、単に設定を説明したり、セリフを書いたりするだけでなく、言いたいことを効果的に伝えていく必要があります。
映像表現ではシャレードと言ったりしますが、小説でもそうした工夫が必要ですね。
シャレードの1つに、モンタージュという手法もあります。
公式は、「A×B=C」です。
Aという場面とBという場面を並べ、Cという意味を得ます。
たとえば、こんな感じ。
A=ストローが鼻に刺さって苦しむウミガメ。
B=ストローをポイ捨てする若者。それが川に落ち、流れていくシーン。
この2つを並べれば、わざわざ「C=自然にかえらないものを捨てると動物たちに被害が及ぶ」と言わなくても伝わります。
これを文章で書けば押しつけっぽくなりますが、書かずにCという意味を得ました。これがシャレードです。
形のない思いを形あるモノに託す
同じくシャレードの1つですが、言いたいことをモノに象徴させる方法があります。
特に感情を表現する場合に有効です。
感情には形がないので、「寂しい」「悔しい」と書いても、読み手の心には伝わりにくいものです。
そこで、形あるモノに変換するわけですね。
端的に言えば、「沈鬱な気分」を「曇天」で表現したり、「生命が生まれる喜び」を「開花した花」にたとえたりとかですね。
あまり安直にやると、「あざといなあ、バレバレだよ」と思われてしまいますが、その作品のテーマを小道具に象徴させると、印象深い作品になります。
三浦哲郎に「拳銃」という短編があります(講談社文芸文庫『拳銃と十五の短篇』所収)。
あらすじを記すと、こんな内容です。
主人公の私は、83歳になる母親から、16年前に見つかった一挺の拳銃の処分について相談されます。
それは父親の形見の32口径で、実弾も50発入りの箱のまま残っています。使った形跡はありません。
それならば父親はなぜ拳銃を買ったのだろうと私は考えます。考えているうちに、16年前、初めてこの拳銃を見たとき、すべてを覚ったことを思い出します。16年前、父親は死の床にありました。私は毎日少しずつ死んでいく父親を見守りながら、生まれつき体に色素がないという障害を持った二人の娘たちには死なれ、また二人の息子たちには家出された男親というものは、一体なにを支えにして生きるものかと考えます。
そして父親の死後、金庫の底から出てきた拳銃を目にした途端、一瞬のうちに父親のすべてがわかったような気になります。
この拳銃こそが父の支えだったのではあるまいか。その気になりさえすればいつだって死ねる。確実に死ぬための道具もある――そういう思いが父親をこの齢まで生き延びさせたのではあるまいか。私はそう確信します。
小道具といっても、大きなものでもいい
娘二人に死なれ、息子二人は家出し、その下に妹がいますが、障害があります。そして、作者はそれら兄妹の弟なのですが、親としてはつらいところです。責任を感じて何もかも嫌になっても不思議ではないですよね。
しかし、父親は天寿を全うしました。作者はその理由を、「その気になりさえすればいつだって死ねるという思いが父親を生き延びさせた」と書いています。
いつでも死ねることが生きる支え――。話が深すぎてめまいがしそうです。
小説「拳銃」は、芥川賞作家、三浦哲郎らしい名作ですが、もしも母親の相談が「拳銃」のことではなく、モノでもなく、漠然と「昔の嫌な思い出を消したい」という内容だったらどうだったでしょうか。
三浦哲郎ならそれでも名作にしたと思いますが、「拳銃」よりは印象が薄かったでしょう。
「拳銃」のストーリーを思い出すたび、まさに本物の拳銃のような存在感でテーマがずしりと迫ってくるのは、モノが口ほどにものを言っているからですね。
ちなみ、小道具といっても、テーマを象徴させるときは「小さい」ことにこだわりません。「摩天楼」のような大道具でもいいですし、もっと言えば、道具でなくてもいいです。「老人」でも「新生児」でも「新入社員」でも、形あるものとして象徴させられるのであればなんでもOKです。
皆さんも、自分の作品のテーマをモノに象徴させてみてください。
(ヨルモ)
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ヨルモって何者?
公募ガイドのキャラクターの黒ヤギくん。公募に応募していることを内緒にしている隠れ公募ファン。幼馴染に白ヤギのヒルモくんがいます。「小説の取扱書」を執筆しているのは、ヨルモのお父さんの先代ヨルモ。