阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「霊」いしのもりかおる
「こいつ、霊が見えるんだぜ。」
笑顔でそう言われて、この食事会に引き込んだ智子をうらめしく思った。
「着ていく服がない」という理由で断ろうとしたけど、「あのカフェ、予約とれないから、これを逃したらもう行けないよ」
そう言われて、こじゃれたカフェの魅力にあがらいがたく出かけてきたのだけれど、私と智子の前にすわった男子ふたりが話し始めたのは、どう相槌をうっていいのかわからない心霊現象の都市伝説だった。
「霊を見ることができる」といわれた男子は、茶色の髪をマッシュにして細い顎をしていた。「な、見えるだろ」と念をおされて、大きく口をあけて声を出して笑った。
幼稚園生みたいな笑い方をするんだなと思った。
私は、口元だけで笑って、この話題から離れようとしたが、智子は、
「私に霊ついてるかな。」
と目を輝かせた。
「智子ちゃんには何もついてないよ、大丈夫。」
なにが大丈夫なんだろう。そう思いながら、私が笑顔をキープしていると、
「和子ちゃんにも霊はいないよ。」
そう言われて、その子には霊感がないことがわかった。
だって、私には、かづちゃん(ひいおばあちゃんのお姉さんだそうだ)が憑いている。享年十四歳、赤痢でなくなったそうだ。なくなったときの姿のまま、おさげのかわいい女の子だ。
中二の夏、おじいちゃんが大学病院に検査入院した。お見舞いに行ったところ、病院玄関で立ちすくんでいるかづちゃんに出会った。おじいちゃんの守護霊としてずっと憑いていたそうだが、「大きな病院が怖くて」、中に入れずにいたそうだ。その日から、かづちゃんは私と一緒にいるようになった。
かづちゃんとのガールズトークはとても楽しくて、私たちは仲良く過ごした。でも、私の受験勉強が忙しくなって机に向かう時間が長くなると、かづちゃんと遊ぶことができなくなった。かづちゃんは、すっかり無口になり、ときおり目があっても、「納得がいかない。」というふうに頭をふるだけだった。
最後に言葉を交わしたのは、大学の合格通知をもらった日だ。
「和子ちゃんは、いつお嫁にいくの。料理や家事はいつ覚えるの。」
私は驚いて、久しぶりにかづちゃんと長く話しをしたけれど、かづちゃんにはわかってもらえなかったようだ。
かづちゃんと話したのは、この時が最後で、だんだんと、かづちゃんの姿を目にすることは少なくなっていった。時折、気配を強く感じて、不満そうな、何か言いたげな顔が見えることがあるけれど、かづちゃんは何も言わない。
「僕、守護霊との縁の切り方も知ってるよ。
今までありがとうございました、これからはひとりやってみますって、伝える方法。」
霊が見えるといわれた男の子が言った。
「クッキーのアイシング、あれで、霊の姿をクッキーに書くの。それを食べるの。守護霊のお気持ちは有難いものだけど、その期待に副うのがいいかどうかは自分で決めることだからね。必要なものは身体が取り込んでくれる。そうでないものは、そのうち身体から出ていくから、それでサヨナラ。」
智子が、笑いながら聞いた。
「守護霊の姿って、自分でわかるものなの。」
「わかるさ。」
そう答えると、、
「クッキーと一緒に食べちゃうのがいいよ。」
と私をみた。切れ長の目をしている。
私は、あいまいに笑いながら、「もしかして、かづちゃんが見えてる?」と目で問いかけた。
(了)