阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「お化け」アサマコウ
「おい、泣くな。男だろう!」
厳しい口調に面食らった。
おばあちゃんが亡くなった。そのお通夜の日、小さかった僕はひとり暗い部屋で寝かされていた。
大好きなおばあちゃんの家なのに、そのおばあちゃんがいないその家は、まるっきり違った初めて訪れた所のように思えた。他人の家のニオイ、それを感じたのだ。特に嫌なニオイではないのに自分の居場所じゃないと感じるニオイ。
葬儀場で僕は、その場のただならぬ雰囲気にのまれ、しっかりしなきゃと思ってたのも束の間、退屈で睡魔に襲われ、だんだんと船をこぐようになっていた。それをどこかのおばさんに見られ、「おばあちゃんの家で寝かせてあげたら?」と言うのを聞いて、母親に連れてこられたのだ。母に抱かれ布団に寝かされると、何故か目がさえた。が、それもわずか。胸のあたりをトントンされてると落ち着いて、また眠りに誘われるのだった。
かすかにまどろみの中、眠ったあとお母さんはまたあの場に戻るんだろうと思ったのを覚えてる。
どのくらい眠ったのか、枕が合わないなんて感じる年頃でもないが、ふと気づいて起きてしまった。
まわりは真っ暗。眠る直前に想像した通り、母はいない。当然胸トントンも無い。すごく心細く、布団の上に座り込み母を呼んだ。
「おかあさ~~ん。おかあさ~~ん!」
やはり返事が無い。あの場所に戻るのだろうと思っていたはずなのに、あの場所まで自分ひとりでは行けない。用事が済めば迎えにきてくれるはずだと分かってるのに、想像がふくらんで、捨てられたんだとまで思い、ひとりだとお化けが出てくるんじゃないかと、恐怖で泣いてしまった。
死というものがどのようなものか知らないくせに、死んだひとはお化けになるものだと、ちらりと見てしまったテレビでの怖い映画が思い出され、きっとおばあちゃんもそうなるんだと思い、怖くて悲しくて、どれだけでも泣けた。
すると突然ふすまが開き、怒鳴られたのだ。
びっくりして泣き止み、その顔をまじまじと見た。普段は怖いひとの顔なんて見られない性格なのに、じっと見てしまった。
だが、その顔はだんだんと、やわらかな表情に変わり、僕のことを見つめながらそばに座った。
誰だか知らないおじさん。どこかで見たことがあるような、ないような。子供からすれば、家族でないおじさんは、誰であっても、おじさんはおじさん。年恰好などどうでも良く、見分けなんてつかない。
「どうした。怖いのか?」
こくりと頷いた。
知らないひとについていっちゃダメと教えられてたのに、そのおじさんは、何故か話してもいい気がした。
「じゃ、ちょっと話そうか?」
またも頷いてしまった。
「それじゃあ、涙を拭いてな」
おじさんの手は大きくてあたたかい。
「ねえ、おばあちゃんはお化けになるんしょ?」
「ん、お化け?お化けなんてもの、この世にいるわけないだろう」
「でもテレビで見たんだ」
「それはテレビ。怖がらすために作ったもんだ」
不思議とその低い声に、ストンと納得できた。
「マンガだってそうだろ?おもしろく作ったのがマンガ。全部がぜんぶ本当のことじゃない」
「あらあら、起きちゃったの?」
「おばあちゃん!」
ふすまの向こうからおばあちゃんが顔をのぞかせた。死んでお化けになるものだと信じて疑わなかったのに、お化けどころか、いつものやさしいおばあちゃんがそこにいた。
「おしっこは大丈夫?のどは渇いてなぁい?」
「うん、おしっこはない。のどはかわいたかな」
ちょっとだけ大人ぶってみた。このおじさんに、おばあちゃんと仲良しなんだって見せつけるため。
すると、おばあちゃんはミカンを持ってきてくれて皮をむいてくれた。それに、ひと房ずつにして口に入れてくれる。
「うん、おいしい」
「そう、良かった。でもお母さんには内緒ね」
おばあちゃんはそう言いながら、またひとつ、またひとつと口に入れてくれる。
秘密を共有したことにうれしくなった。
おばあちゃんは、おじさんにもミカンをむいて渡してた。
僕のおかげだって、威張りたい気持ち。
「じゃ、もうそろそろ寝ましょうね」
布団に入ると、おばあちゃんもトントンしてくれて、すぐに眠ってしまった。
次の日の朝、母にミカンを食べたのかと聞かれ、そうだって言おうとした時、内緒だっていうのを思い出した。
「えっと、おじさんが食べたの」
「おじさん?どこの?」
見上げると、仏壇の上におじさんの写真があった。あっ、と気づき、その写真を指さした。
「ばか言って」
今思えば、おじいさんが迎えにきたんだと思う。
そう、お化けになって。
(了)