阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「天上の村」菅保夫
長老の家に集まった村人たちは、一様に表情が暗い。みな疲れきっており、体は乾ききり口の中はねばついていた。沈黙が続き、ときおり聞こえるのはため息と咳ばらいである。
切り立った岩山に囲まれた、巨大な火山の火口らしき土地に村はあった。高い壁のようにそびえる岩山は、表面が光を鈍く反射し、何を使っても傷つけることができない不思議な岩山だった。
一番高い山の中腹あたりから清水が噴き出しており、それは滝を作り川となって流れている。川はゆるやかな曲線を描きながら下っていき、巨大な岩の下のすき間へ消えていく。
標高が高いところでありながら、なぜか一年を通して気温が高かった。そのせいかあらゆる作物がよく育ち、味も特別に良かった。
村は隠れ里のようなところで、そこへたどり着くには迷路のように入りくんだ山の谷間や深い森を進まねばならず、長い間その存在は知られていなかった。だがある日、一人の若者が長い間さまよい歩いた末に、ほぼ瀕死の状態で偶然に村へとたどり着いた。
若者は村人たちの手厚い介抱により、しだいに元気を取り戻していった。若者は出される食べ物の美味しさに驚き喜び、また恵まれた広大な土地に驚嘆した。
やがて回復した若者は、村人たちに心からの礼を言い帰っていった。それからしばらくすると、また人が村をたずねてきたのである。あの若者の話を聞いてきたと告げた。風景を楽しみ、村でできた作物を色々と買い求めて帰っていく。そういう客人が一人二人現れ、やがて大挙して訪れるようになり、村は物質的にも豊かになっていった。作物は高い値がつき、客のために食事処や宿屋なども作られ、いずれも繁盛した。
移住を希望する者も多く、優しい村人たちはそれを拒んだりしなかった。土地は広く、半分以上は森や竹林であったのだ。次々に新しい家ができていき、田畑も増えていった。
数年すぎると、村の人口は三倍ほどになっていた。村人は裕福になり、家も身につけるものも立派になった。だがある日、天国のような山里は突然の不幸に見舞われたのだ。
地が揺れた。この世の終わりを思わせるほどの強い揺れが長く続き、ようやく静まったときには家屋が軒並み倒壊していた。ケガ人は多かったものの、奇跡的に死者は出なかった。しかし被害はそれだけではなかった。
村を出入りする唯一の道が、消えていたのだ。道があった場所には、ただ岩山がそびえているだけであった。村を囲む岩山は高く、手をかけるところもなくて、登ることはできない。村は閉ざされてしまったのだ。
滝も消えていた。岩山から噴き出していた水が止まったのだ。そして五風十雨の天候が続いていたこの里に、雨がまったく降らなくなってしまった。
土地は乾いていく。稲も苗も枯れ、見渡す田畑は生命力のない灰のような色になってしまった。井戸すら涸れてしまい、人々は渇きに苦しみ、やがて食料もつきていき次々と倒れて死んでいく。
何とか村の外へ出られないものかと策を考えるが、良い案は得られない。天国のように美しく恵まれた村が、今や地獄と化していた。各家に備蓄されていた食料をうばい合う者や、中には人を殺めて血や肉を喰らう者もいた。辛すぎると自ら命を絶つ者も続く。
あちこちに遺体が転がっていたが、村人はそれを弔う力もないほど弱っていた。朝露をなめ、葉や竹をしゃぶり、どうにか生き長らえていたのだ。連日の雨乞いも届かず、空は濃い青一色で雲ひとつ現れない。しかし水を得るために考えつくことはすべてやりつくし、あとは神に祈る以外はない。集まった人々は足取り重く帰っていった。
次の日の夕方だった。雨乞いが終わった瞬間、突如として大粒の雨が降り出したのだ。みんな待望の雨に涙を流して狂喜乱舞。雨を全身で味わい渇きを癒し、そして神に感謝した。見上げる空は、晴れた夕焼け空のままであった。
満点の星空の下で、雨は明け方近くまで降り続き、村人が目を覚ましたとき景色は一変していた。岩からの清水は見事な瀑布を作り、川幅いっぱいの水流が勢いよく流れていく。枯れていたはずの稲や苗は、鮮やかな緑を取り戻し力強く葉を広げていたのである。
村は以前の恵まれた土地へと戻り、消えていた道は再び現れていた。後日、あの干ばつが原因で亡くなった者はすべて移住者ばかりで、元々の村人たちはみんな生き残っていることがわかった。
(了)