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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「嫁姑」田辺ふみ

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第64回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「嫁姑」田辺ふみ

「もう少し、ましな食事は出せないの? 鳥か青虫が食べるようなものばかり。食費をけちってるの? 肉ぐらい買えるでしょ」

さっきの昼食について、お袋が文句を言い始めた。

ご飯、味噌汁、ほうれん草のおひたしに大根の煮物。確かに肉はないが、きちんとした食事だ。

「バランスはきちんと考えてますから」

そっけなく、みゆきが答える。

「そうじゃなくて! いつも、言っているでしょ。夫においしいものを食べさせようとは思わないの?」

「裕太さんの体を大切に思っているからです。コレステロールが高いんですから」

みゆきがふっと鼻で笑って、付け加えた。

「あ、お義母さん、自分がお肉を食べたいんですね。お義母さんは食べて構いませんよ」

つまり、お袋の体はどうなっても構わないということだ。お袋の顔が怒りで赤くなる。

口ではみゆきに勝てた試しがないのに、嫌味を止めないお袋には感心してしまう。

嫁姑というのは永遠に解決しない問題だ。

それなのに同居を始めてしまうのはなぜだろう。

俺のお袋はサバサバしているから。

みゆきはいじめられて泣くようなタイプじゃないし。

親父は娘が欲しかったから、みゆきのことを気に入ってる。

実家は便利なところなんだよな。子育てにもいい環境だし。

なんて考えて、二世帯にリフォームするなら構わないというみゆきの言葉もあって、始めた同居。

……やめれば、よかった。

俺は馬鹿だった。

お袋はズケズケしていた。

みゆきはやられたら、倍返しするタイプだった。

親父は実の娘ではないのに、嫁には甘えていいと思っている馬鹿だった。

いざこざに巻き込まれ、仲裁しているうちに俺の頭髪は乏しくなっていった。

「なあ、もう、この家を出て行かないか?」

みゆきが喜ぶと思って、そう言ったこともある。

「リフォーム代、私も出したのよ。それなのに出て行くの? 冗談じゃない。お金を返してもらったら、考えるけど」

予想外の返事だった。

お金を返すといっても、年金暮らしの両親にそんなお金はなかった。

こづかい制の俺にもそんなお金はなかった。

みゆきは両親が出て行けばいい、弟のところに行けばいいと思っているようだが、そううまくはいかない。弟は嫁の実家に入り浸って、婿のようになってしまっている。

結局、同居は続いた。

息子が生まれてからは争いが激しくなって大変だった。お食い初めや七五三などのイベントでは毎回、もめた。食事でもめた。教育方針でもめた。

それが嫌だったのだろう。息子は遠くの大学へ行ってしまった。

それでも、みゆきとお袋の戦いは続いている。二十年以上、戦い続けるタフさには感心してしまう。

「大体、洗濯の仕方だって、雑巾と服を一緒に洗うなんて」

お袋は食事を追求するのをあきらめ、洗濯方法を追求することにしたらしい。

「最近の洗剤は殺菌効果があるんですよ。お義母さんの時代にはなかったから、大変でしたね」

「わたしの時代にもありました!」

「あら、それなのに、台所で洗ってたんですか? 雑菌が繁殖しやすいんですよ」

ピカッ。

突然、空が光った。

ゴロゴロゴロ。

嫁姑バトルを盛り上げる効果音のように雷の音が聞こえた。

すると、競争のようにお袋とみゆきが庭に向かって突進した。お袋が洗濯バサミを外して、みゆきに洗濯物を渡していく。みゆきは外から家の中にどんどん洗濯物を投げ込む。

「何か手伝おうか?」

俺の言葉は無視される。

二人は息の合った動きで洗濯物を取り込んでいき、あっという間にまた、部屋に戻ってきた。

その途端、激しく雨が降り出した。

お袋とみゆきは単に仲が悪いんじゃないんだ。いい相棒じゃないか。

「みゆきさん」

お袋が改まった感じで口を切る。

「天気予報を見ていなかったの?」

「それはお義母さんもですよね」

嫌味も息は合っていた。

(了)