阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「卒業」結野月斗
昼前。
高校校舎内は、いつものガヤガヤとうるさい生徒たちの声はどこからもしなかった。
それもそのはず、今日は校舎外の体育館で卒業式が行われていた。
そんな静まり返った教室に一人、いや一台。
銀色の縦に細長い、冬の寒さを鉄の身体全体に染み込ませたロッカー。通称、掃除用具入れ。
そう私である。
校舎内に何台の私が設置されているのか、全く想像がつかないが、一堂に会したくないと強く思う。
その中で、私は三年一組に所属している。
掃除用具入れの役目を持った、私のような物は基本的にろくな扱いをされない。
私の他に木製のロッカー。主に生徒たちの荷物を入れる役目を持つ物もいるのだが、明らかに対応に差がある。
その差が如実に表れるのは、扉の閉め方だ。
荷物入れロッカーの扉の閉め方は優しい。
慈しみすら感じさせる手つきでほとんど衝撃もなく、閉じられる。
それは各個人に与えられた物という意識があるからだろうか。
それに比べて、私はどうだ。
その扱いはあまりに酷い。
まず扉を閉める時に手を使わない。足だ。それもほとんど蹴りと呼べるものである。
掃除用具を乱暴に入れるや否や、勢いよく下段蹴りを扉の足下に食らわせる。
その際、金属がぶつかる甲高い音が鳴ると、蹴った本人は顔をしかめつつ、
「うるさっ」
と言い、足早に帰宅あるいは部活へと向かっていく。
何が悪くて私はこんな扱いを受けなければならないのか。
教室を綺麗にして、生徒たちが快適に勉学に励めるようにする道具を大切に保管しているのに。
と、卒業の日だからだろうか、この一年間の思い出が次々と沸き起こってくるのは。
それなら、もっと明るい記憶にしよう。
恥ずかしい話だが、このクラスに好きな人がいる。
彼女はとても稀有な存在で、私を優しく扱ってくれて、掃除好き。好きにならないわけがない。
いつ、どんなときも変わらない彼女が掃除当番の日は私も嫌な気持ちにならずに済む。
その一週間に一度訪れる彼女との時間が楽しみだった。
けれど、その時間はもう来ない。
彼女も例外なく、むかつく生徒たち同様に卒業するのだ。
今日、最後のホームルームが終われば二度と会うことはない。
そんなことを感慨深げに思っていると、時計の針は昼休みが終わった時間を示しているが、いつものチャイムの音は流れない。
けれど、もうすぐ制服の襟に花をつけた生徒たちが戻ってくるとわかった。
そうして、つつがなくホームルームは終わり、教室のあちこちからすすり泣く声が聞こえてきた。
そんな中、誰かがみんなで教室を綺麗にしようと言い、各々私から道具を持っていった。
生徒たちは思い思いの表情を浮かべて、教室を隅々まで綺麗にした。
そして私は、きっと最後も変わらず酷い閉め方をされるのだろうと覚悟していたが、その予想は外れ、優しく閉じられた。
初めて生徒からの慈しみを感じた瞬間で。
とても、感動した。
その後、教室にはあの私に優しい彼女が残っていた。
私の扉の前で、何やらそわそわしている。
その様子を見て私は淡い期待をした。
卒業の日。放課後の教室。頬を朱に染めた女子生徒。
その要素は全て一つの言葉に繋がる。
『告白』
彼女が大きく息を吸ったのを見て、緊張した私は……。
教室の扉を勢いよく開けた彼女の友達の一声に愕然とした。
「あんたの好きな人。もう彼女がいるんだってよ!」
その後は、断片的にしか覚えていないが。
私の好きだった彼女から鋭い蹴りを貰った。それも大きな損壊を及ぼす程の。
そして、私も彼らと一緒に学校を卒業し、廃棄場へと向かうトラックで揺られるのだった。
(了)