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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ロッカーキー」山重真一

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第62回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ロッカーキー」山重真一

達夫から郵便封筒が届いたとき、麻美はてっきり別れ話だろうと思った。ここ数カ月、彼とはまったく会っていないし、連絡も取り合っていない。彼女自身もそろそろ彼との関係にけりをつけなければと考えていた。

封筒の中には鍵とメモが入っていた。

達夫の方から合鍵を返してくれたのかと思ったが、よく見ると別の鍵だ。

見覚えはある。確かいつも利用しているデパートのコインロッカーのキーだ。どういう意味だろう? すぐにメモを読んでみた。

『このキーのロッカーを探せ』

麻美は怪訝な表情を見せると小さくため息をついた。何を考えているのかよくわからないが、いかにも達夫らしい。こんなサプライズで私が喜ぶとでも思っているのだろうか。

良くも悪くも彼はマイペースだ。周りのことは眼中になく、自分のことしか考えない。本人に悪意がないだけにかえってたちが悪い。やはり彼とはこれまでだろうと麻美は思った。

ちょうど明日は休みで、ショッピングでもしようと思っていた。彼との腐れ縁にピリオドをつける絶好の機会だ。最後に彼のゲームに付き合うことにした。

翌日、麻美は開店時間と同時にデパートに入った。お気に入りのブランド店で買い物をしながら昔のことを思い出し始めた。

そう言えばこのデパートに達夫と一緒に何度も来たことがあった。あの頃は仲良く試着室の前でファッションショーを始めて、店員に注意されたものだ。

また、デートに邪魔だということで彼は私が買い込んだ服を無理やりロッカーに押し込んで、しわくちゃにしてしまった。今思えば懐かしい思い出だ。

ロッカーはすぐに見つかった。何が入っているのだろうか? 少し興味を持った麻美は中から再び鍵とメモが出てきたことに戸惑った。

またも、『次のロッカーを探せ』という指示。やはり見たことのあるロッカーキーだ。

確か、達夫と行った水族館のロッカーではなかっただろうか。彼がロッカーのキーを失くしてしまい、騒ぎになったのだ。麻美は少し面倒に思えたが、足を進めた。

記憶は正しかった。すぐに水族館のロッカーを探し当てた。キーを差し込もうとしたとき、大きな水槽が目に入った。ガラス越しに大きなエイが悠々と泳ぎ回っている。

あのとき、達夫がエイの後を追って一緒に駆けずり回るのを、麻美はあきれ顔で後を追ったのだ。まるで子供に振り回される母親のようだった。

一瞬、顔がほころんだ。

ロッカーを開けると、そこにはまたしてもキーとメモが入っていた。やはり同じ指示だ。

そのロッカーのことははっきりと覚えている。辰夫が麻美に告白した記念のレストランだ。

ちょうどお腹がすいてきたので、麻美は食事をとることにした。大好きなパスタを注文すると彼女は店内を見渡した。

あのときと同じ席だ。向かいには達夫が座っていた。彼は口の周りにケチャップをつけたまま突然その場で立ち上がるや、一目散にロッカーのもとに駆け出し、中から取り出した花束を彼女に差し出した。そして、店内に響く大きな声で「僕と付き合ってください」と麻美に向かって告白したのだ。

まわりの客たちの視線が一斉に自分たちに向けられたため、顔を真っ赤にしながら麻美は小さな声で「はい」と答えたのだった。

もしかしたら達夫の目的は二人の思い出をよみがえらせようとすることにあるのでは?

彼との想い出の場所を巡って、麻美は少し甘酸っぱい気持ちになった。

臆面もなく子供のように振る舞う達夫の天真爛漫さは今でも嫌いじゃない。もう少し大人になってくれれば……と思いながら彼の笑顔を思い出し、自分の顔が少し火照っているのに気づいた。

食事を終えた麻美はロッカーのもとに近づいた。

三つ目のロッカーには何が入っているのだろう? まさか、今回も次のロッカーキー? それとも……知らず知らずに何かを期待している自分に驚きさえ感じた。

恐る恐る扉を開けると、そこにはパンフレットとメモ、そして最も見覚えのある四つ目のキー……。

『麻美、フリーターだった俺もようやく就職が決まった。ロッカー販売会社の営業だ。君が回ったロッカーはすべて当社の製品だ。会社のパンフレットも入れておいたので、俺の業績のためにも家庭用のロッカーの購入を考えてくれ。もし良ければ知人にも紹介してほしい。それから、新しい彼女ができた。君との思い出は大切にするよ。元気で』

数日後、達夫のもとにロッカーキーとメモが届いた。彼がさっそく指示されている場所に行き、ロッカーを開けると、溢れんばかりの彼の私物とゴミが勢いよくこぼれ落ちた。

(了)