阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「この壺はおいくらですか?」遠木ピエロ
てっきり、古めかしくて情緒と風情あふれる店構えをしているものかと思っていた。だから、その外観を見て若干拍子抜けをした。よく通る駅前通りの一角にある、普段は気にも留めていなかった、さほど奇麗でもないビル。その二階に骨董品屋はあった。
「あらまあ、こんなせせこましいところにあったのね」
隣にいる母も似たような感想を持ったようだ。エレベーターの階数表示を眺めるような、ぼんやりした目つきをして言った。
狭い外階段を上り、『清水骨董品屋』と書かれた開き戸を引く。店の中に入った瞬間、木の香りに少しの埃臭さと混ぜたような匂いが漂ってきた。その匂いで、ああ、こんなところにあってもここは間違いなく骨董品屋なのだと納得した。
店に入ると、スーツを着た初老の男性が「いらっしゃいませ」と言いながら私と母の元にやってきた。短く切りそろえられた白髪と折り目正しいスーツ、うやうやしい態度からは、一種の気品を感じさせた。さすが骨董品屋の店員だと、私は少したじろぐ。
「これの鑑定をお願いしたいんですけれども」
私は風呂敷包みを差し出す。男性はそれを受け取ると、ローテーブルを向かい合わせに挟んだソファに私と母を促した。私と母は促されるまま、ソファに座る。対面には男性が座り、ローテーブルに風呂敷包みを置いた。
男性が風呂敷を開き、中の木箱の蓋を開ける。そして懐から白い手袋を取り出してはめると、木箱の中から壺を取り出した。
「父が言うには、とても高価な品だそうで……毎日のように眺めていたんです。この壺のここが良い、ここも良い、だなんて自慢しながら」
感傷的な言葉を私が言うと、それを押しのけるように母が言う。
「まあ、私達には壺の価値なんて分からないですし、価値の分からない人間が持っていても仕方がないですから、売れるなら売ってしまおうと思いまして」
そう。お父さんが大事にしていたんだからとっておこうよ、と私が何度も止めたのに、母は売ってしまうと言って聞かなかった。結局母に押し切られて、こうして骨董品屋を訪れることになってしまった。
男性は無表情で壺を矯めつ眇めつ眺めている。
ただ、本音を言えば私もこの壺がどのくらいの価値があるのか知りたかった。あれだけ父が大切にしていたのだから、さぞかし高価に違いない、どのくらいの値打ちものなのかに興味があった。だから、男性の鑑定結果をドキドキしながら待っていた。
「これは……なんでもないただの壺ですね」
なんでもないただの壺? 頭の中で何度も男性の言葉を反芻した。けれども理解が追い付かなかった。
そんな私をよそに、男性は追い打ちをかけてくる。
「そもそも、この壺自体がまったくの素人がどこかで焼いたものなのではないかと思います」
私の隣に座る母が苦笑いしている。
「具体的な出来について言えば、うーんそうですね、ちょっと陶芸をかじった人なら作れてしまう程度です。形も整っているとはいいがたい。それから釉薬にも深みも何もない。きっとホームセンターなどで買ったものを使われているのでしょう。それから……」
その後も男性の批評は止まらなかった。よくそこまで言うことがあるものだと感心するくらいに。
その止まらない批評に、私は段々腹が立ってきた。確かにそこらの素人が焼いたものなのかもしれないが、それでも父が大切にしていたものなのだ。それをそこまでコケにされると父が馬鹿にされているかのような気がしてくる。その男性の批評が終わった時には、腹の底から湧き上がってくる熱いものを抑えるのに必死だった。
残念ながら当店では引き取れませんね――
その言葉が私の感情のトリガーを引いた。
「結構です! 引き取らなくて!」
男性の言葉を遮るようにして私は立ち上がり、叫ぶように言った。男性は完全に表情が固まっていた。
お母さん帰ろう! と母の方に向かって言うと、母もまた目を白黒させていた。
私は壺を木箱に戻し、風呂敷で包みなおすと、母の手を引っ張って店を出た。
外階段を降りながら、母は何をそんなに怒ってるの、と私に向かって言った。それもまた腹立たしかった。なぜあれだけ馬鹿にされて怒らないのか、と。
家に帰った私は、父がかつてそうしていたように、床の間の真ん中に壺を置いた。
母はやはり私の心中を察してくれることはなく、
「まあ、どうせ売れないならここに飾っておくのもいいかもしれないわね」なんてことを言っていた。
一息ついて、冷静になって私は壺と向き合った。確かに言われてみればいびつな形をしている壺だ。骨董品屋の男性が言っていた壺への悪口の一つ一つが、まったくもって正しいように思えてきた。
そして、結果的には、父には鑑定眼がまるでなかったということになる。もし亡き父が鑑定の結果を聞いたらさぞかし落ち込むことだろう。けれども私はそれで良かったと思う。そのおかげで壺を売ることなく、この床の間にずっと飾り続けることができるのだから。