公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

百年目の王子

タグ

百年目の王子

天野清二

城の大広間には、お姫さまの誕生を祝う家臣や領民たちが集まっていた。正面に王、そして、うぶ着に包まれ、安らかに眠る姫を抱いた王妃が立ち、人々がお祝いの言葉をかけていたそのとき、急にあたりが薄暗くなり、人々の背後に、妖しく赤い炎のような光がわきあがった。皆が左右に分かれると、そこには目をつりあげた見知らぬ女がいた。

「誰だ?」

「まさか、仙女マノセントでは?」

「よくも、姫の誕生日祝いに呼ばず、この私に恥をかかせたな! 姫が十六歳の誕生日に必ず呪い殺してやるから、そう思え!」

「なぜなんだ。そなたは、姫が生まれる前にこの国に流れ着き、以来、ほかの仙女たちや領民とも顔も合わさず、年始めの宴会にも、毎回使者を送っているのに、一度も顔を出さなかった。だから、私も家臣たちも、病にふしているのだろう、いずれは見舞いに行こうと思っていたのだ。それなのになぜ?」

「うるさい! うるさい! 私はただの仙女ではない。そなたよりもさらに高位の者である。私は自分の位にふさわしいもてなしを受ける権利がある! この怨み、必ず晴らしてくれるぞ!」

フィリップの領国には、先代の王より伝えられてきた隣国の伝説があった。百年前、隣国の姫君は、仙女マノセントから〝糸車の針が刺さって十六歳で死ぬ〟と呪いをかけられた。王や仙女メリーウェザーたちは、なんとかそれを防ごうと国中の糸車を燃やしたが、防ぎきれず、姫は死んだ。仙女メリーウェザーは、姫や王を領国ともども仙術で百年の眠りにつかせた。

フィリップ王子が住むお城から国境まではかなりの距離があった。そこはトゲの森で、行く手をさえぎる黒い壁だった。その中に城への一本道が続いていた。森の手前に粗末な藁ぶき屋根の無人の一軒家があるだけの、さびしい場所だった。

フィリップ王子は、五歳のとき、父に連れられて初めてここを訪れて以来、なぜかその一軒家が気になり、毎晩夢に見るようになった。家の中には、野良着姿のメリーおばさんと、つぎはぎだらけのワンピースを着たブライヤ・ローズと名乗る娘がいた。

メリーおばさんは、

「ここは時の外側の世界。私たちふたりは、本人の幻なのです」

と言ったが、フィリップは意味がわからず、

「ローズ! いい名だ。君のことをもっと知りたい! これからも、来ていいかな?」

娘は恥ずかしそうにうなずき、語り始めた。

――私は気を失う前に、一度だけ仙女マノセントに会いました。父が町中から集めた糸車を山のように積み上げて燃やして、皆ほっとしたとき、城のものかげにかくれて、こちらに手招きしてくる背の高い女に気づきました。女は手に靴の片方を持っていました。

「これはガラスの靴! では、あなたがシンデレラ姫なのですか?」

私が聞くと 女はうなずきました。その顔は両親から聞いていたのと違って、おだやかでさびしげに見えました。

「私は常に自分の才覚で道を切り開いてきました。だから素性や家柄に甘えて、自分では何もしない人たちが大嫌いなの。こちらに、いらっしゃい」

女は言いました。

目の前に大きな糸車がありました。

「あなたに才覚や徳があるか私に見せて」

私はそのまま、気を失いました。

十八歳の誕生日の朝、フィリップ王子に父のヒューバート王は、

「隣国の王や姫、ならびに女中、領民にいたるまで、すべての者たちが目覚めたと、先ほど使者が知らせに参った。フィリップよ、隣国にかけられた百年の呪いは、おまえの誕生日である今日、解けた。隣国の姫を妻に迎えるがよい」

「姫の名は?」

「オーロラ姫だ」

(オーロラ? ローズではなく?)

そんな誰かわからない娘と一緒にならないといけないなんて。百年眠っていたなんて、おばあちゃんじゃないか。フィリップ王子は自分が王族に生まれたことを初めて後悔した。

(ローズと暮らせないなら、結婚なんて)

フィリップの前に、いつもの野良着姿ではなく青く透き通った服を着た女が立っていた。

「メリーおばさん!」

「私の本当の名前は、メリーウェザー。お姫さまを守る三人の仙女のひとりなのです」

「では、お姫さまというのは、ローズ?」

メリーウェザーはうなずいた。

「マノセントは、すでにこの国にはおりません。彼女の家も空き家になっており、誰もいません。あの気位の高さから考えますに、彼女はどこかの大国の奥方だったのではなかったかと思われます。姫さまに、呪いが解けたことをお伝えしてください。あなたご自身のお言葉で」

王子は馬に乗り、駆けだした。トゲの森が左右に開き、その向こうにお城が見えた。