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シャイと黒

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シャイと黒

金島恵子

ある山に、シャイという体の大きなオス猫が住んでおりました。

その日、シャイはいつものように縄張りの見回りに出かけました。

山の中腹の道路脇にある、笹やぶに入ったときのことです。

ブーン、ブーンと低い機械音が聞こえてきました。シャイが笹の隙間からのぞいてみると、小型トラックが山を登ってくるのが見えました。トラックは、一度キキキキーと大きな音を立てて止まった後、また動き出し、シャイの横を通り過ぎていったのです。

危険が去ったことを確認してシャイが歩き始めると、坂の下にふたの空いた真新しい箱があるのに気がづきました。シャイはゆっくりと箱に近づき、中を覗き込んで驚きました。真っ黒な子猫が丸まって入っていたのです。

(さっきの車が落としていったのか)

そう思いながらシャイは、前足で黒猫の体をつついてみました。黒猫の体は冷たく、反応もありませんでした。

シャイは、黒猫をぼんやり見つめながら、数年前、山に捨てられていた猫のことを思い出していました。シャイはその猫を縄張りから追い出したのですが、何者かに襲われ、次の日には木の根元で死んでいました。

(あいつにはかわいそうなことをしたな)

そんなことを考えていたとき、黒猫がむっくりと起き上がりました。

(生きていたのか?)

シャイはびっくりして後ろに飛びのき、いつでも戦える姿勢をとりました。

でも、すぐにシャイの全身から力が抜けていきました。黒猫には、おびえた様子も戦う気もないようだったからです。その上、まっすぐシャイのところに来て、にゃ~、にゃ~と鳴きながら、のどをゴロゴロさせて体を寄せてきたのです。

面食らったシャイは、しばらく黒猫が自分にまとわりつくのを眺めていました。そして、我に返ると考えました。

(こいつはまだ子供だ。今追い出したら生きていけないよな)

シャイは子猫を黒と名付け、縄張りに住まわせ、大きくなるまで守ってあげることにしました。

でも、黒を守るのは、思った以上に大変なことでした。黒は変わった猫で、周りを全く警戒しないのです。じっとシャイのことだけを見て後をついてきます。まだ小さいからなのか、飼い猫だったから警戒心が薄いのか、シャイにはわかりませんでした。

ある日のこと、シャイが振り返ると黒を狙っている若いイノシシがいることに気がつきました。黒は怖がりもせず、ポカンとしているのでした。

「危ない。逃げろ!」

シャイは、そう叫びながらイノシシの横腹に体当たりをしました。シャイの迫力に若いイノシシは逃げていきました。

それから、シャイは縄張りの見回り中、何度も何度も振り返り、黒の無事を確かめなければいけなくなりました。

黒には、もう一つ変わったところがありました。数カ月たっても甘えるように、にゃ~にゃ~としか言えないのです。シャイが必要な言葉を教えようとしても、かまわれることを喜んで、いつも以上に甘えてくるだけなのです。

シャイは、

(まったく困ったやつだ)

と思いながらも、無邪気に自分だけを慕ってくる黒がかわいくて仕方ありませんでした。だから、ついつい甘やかしてしまうのでした。

黒が来て一年がたったころ、シャイは体調が悪くなり、洞窟のねぐらで横になることが多くなりました。

少し離れたところで、遊んでほしそうにしている黒を見て、シャイは思いました。

(ああ、こんなに早くお迎えが来るとは……。せめてもう少し時間があれば、黒の世話をしてくれる奴を見つけてやれたのに……)

シャイは黒との楽しい思い出を振り返り、心残りを感じながら天国へと旅立ちました。

シャイが死んで二日の間、黒はどこにも行かず、冷たくなったシャイの体の横で座っていました。ときどき、シャイにじゃれついたり、つついたりして動くのを待っているのです。

三日目の朝、シャイの体が動かないことを確認した黒は目を閉じると、ウィーン、プチッと静かな機械音をさせた後、機能を停止したのでした。

一年前、黒が入っていた箱にはこう書かれていました。

「本物そっくりのペットマシーン・黒猫・世話いらず」