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母は人生の教師

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母は人生の教師

けいめい富士子

「やっと八十一歳じゃ。結婚してから六十二年経つちゃね。十九歳で相手の顔も知らんのに結婚させられたけんど、あんたたちが生まれてきたんじゃかい。母ちゃんは幸福じゃ」

母は白黒写真をみながら、ニコニコマークのような笑顔になっている。

「今からドライブに行ってみようか」

と誘うと、

「うん。行ってみろかいね。懐かしいわ」

と言い、助手席に杖を突きながら座った。

母は小学校の跡地に目線をやり、話し始めた。

「まだ小学校一年か二年やったかな? 家から歩いて歩いて一時間くらい経った頃に空襲警報のサイレンが鳴ってね、防空壕に隠れなきゃと思って洞穴に入ったら、十人以上の子供が重なり合ってね、外をみつめていたら、ウィーン、ウィーン、バババ……ドドド……と爆音が聞こえて飛び去っていく飛行機がみえたのよ。

恐いけど学校にも行きたいでしょ。キョロキョロしながら皆で学校に着くとね。校門の前で校長先生と教頭先生が立ってて、一人一人生徒の私たちが声を掛けたり挨拶したのよ。そんときは、

学校に行けたあ、今日もトヨちゃんに会えるかな、今日こそ算数か体育が学べるかな?て気になったものよ。

昔は二宮金次郎の像が立っていて、この人は家の手伝いをしながらも勉強はできるんだと教えてもらい、励みになったんだよ。でもね、学校が一番楽しかったときが空襲だったからね。

あの頃は湧き水の水汲みや棒切れ集めとかたくさん手伝いをさせられたけど、苦にはならんかったよ。兄妹が何人もいたからね。皆で助け合っていたからね。川や池で捕れる魚に山菜などの山のもの、川のものをいろいろ料理して食べたとよ。ワナにかかった山の動物も食べたりしたよ。遊びは、かけっこに、かくれんぼ、おじゃみ(おてだま)、ままごとをしたりして楽しかったわあ」

戦中戦後にも関らず、自然の中で遊んだ話を聞いて、私の中でも鮮明な思い出になった。

結婚後は、

「夫婦ゲンカはよくしたけんど、仕事はていねいだから、二人三脚で作った作物が必ず品評会で賞をもらったのは凄いなと自分でも思うとよ。市場や農協の方から家に来て、みて帰る人がいたしね」

長年、持病で苦しんでいた母は、圧迫骨折で腰が九十度に曲がり、膝も腫れて杖を突くようになっていった。

今から三年前に余命三カ月と宣告され、治療をしながら入退院を繰り返していたが、今年に入って風邪をひいて咳がなかなか止まらなくなった。インフルエンザ流行の時期でもあったが、大好きな編み物はやめなかった。

「やっと自分のときなんよ。こんなことも私にはできるんかいと思ったら楽しいんよ。これも自己流じゃかい、編み目が一つ二つ飛んだごつあるけど。皆、喜んでもらってくれるからうれしいわね」

ニコニコ愛嬌のある表情で、

「これはチャックを付けて袋にしようかなあ。これはこの糸にすると綺麗じゃろう」

と洋服選びをするように作品並べをしている。

残念ながら病魔は近くまでやってきていた。家にいられるときは、昔通った道や、行ったところに行き、会いたい人に会うという望みを叶えていった。

母は、山の方へ行けば山の幸に遊び方、川に行けば川の幸に遊び方と、一つ一つの出来事を昨日のように話す。何を尋ねても詳しく説明してくれたのだ。

母は、ドライブしながら思い出話をするのが大好きだった。耳を傾けることが元気の素になるほどだった。急に風邪がひどくなり、再びドライブやら買い物やらにも行く約束をしていたのだが、入院することになった。

毎日見舞いに行くと、手を握り合いながら昔の話をしたり、唱歌を一緒に歌ったりした。生き生きした表情で手まねきしたり、うなずいたりしていた。

が、別れは突然、訪れた。

「あれ、いつもの母ちゃんとは様子が違うね。母ちゃん、頑張るんやろ?」と頭を撫でながら尋ねると、「うん。うん」と声を出して三回うなずいたが、それっきりになった。

「母ちゃん、頑張ったね。思い出をありがとうね。今度は私が母ちゃんの思い出を懐しみながら母ちゃんを思い、懐しむかいね」

遺影とともにドライブした。母ちゃんから聞いた話の一つ一つは、当時の生活であったり、今の楽しみであったりした。人生は、過去を振り返って苦しみも楽しみに変え、未来へとつなげていけと教えられていたように思える。

別れはつらいが、必ず別れは来るのだから、今という時間をどのように過ごしていこうかと考えることが必要だ。母は、ドライブであれ、散歩であれ、お茶飲みであれ、会うこと、話すこと、話を聞くこと、人と人が会ったらできることを第一にして、当時のことを説明したり、同年代の方々との会話でも参考になるような話題を伝えてくれた。

「母ちゃん、自然って大切だねぇ。昔の人たちが苦労した生活は、今の私たちの生活に生かされているよ。自然を大切に守ることは続けて行かなきゃね。この前くれたチャック式の袋はコード入れにするね。またドライブに行ってみるから楽しみにしちょんないね」

頭の中で思い出し、心で語りかけた。