てっぺんへ! 日菜子と歩いた 富士の山
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てっぺんへ!
日菜子と歩いた
富士の山
森千代香
晩ご飯が終わり、テーブルの湯のみを片付けていると、小六になった娘の日菜子が、
「ママ、埼玉のおじさんからだよ」
と言って、届いたばかりのカレンダーを広げた。丈夫な和紙に、今年は冬の富士山がどっしりと映し出されている。
「圧巻ね! 火山岩ばかり。山頂からの斜面がすごいね」
「うん。青い空に雪が舞い上がってる」
山頂から、岩石を切り出したかと思えるほどに直線の続く斜面が、白い鉄板のように美しく輝いていた。日菜子は、画鋲を手にイスを台所の壁に寄せ、カレンダーを貼りつけた。
「これでよし」
こうして富士の景色を見るのが私たち親子の日課になった。そして、二カ月程経ったある日、遠足から帰った日菜子が、
「私、決めた! ママと一緒に富士山に登る」
「本気なの、もうママは無理よ」
「大丈夫! 今からトレーニングすれば間に合うよ。ハイキングのようにはいかないけど、私、ママと挑戦したいの」
日菜子の話を聞きながら、無理はきかない体だが、ほんとのところ、一度は富士山に登りたいと思っていた。次があるとも思えない。二泊三日、日菜子と行く初めての旅行だ。
「そうね、登れるところまで行ってみようか」
日菜子は満面の笑みでガッツポーズをした。
七月のある日の午前三時、バスに乗り込んだ。知らない人ばかりだが、楽しそうな「おはよう」の声がとびかう。五合目に到着。事前学習をクリアしている日菜子のあとについて、バスを降り、登山口に向かった。
「ママ、ゆっくり登ろうね。口をすぼめて、フーと長く息を吐きながら、一歩一歩」
新米ガイドさんのアドバイスに絶大な信頼を置き、私の先を行く日菜子の小さな足跡を追った。歩いては休み、休んでは歩く。延々と続く急な斜面を、足場を探して登る。
息が切れ、足が止まるたび、先を譲りながら登っていたが、自分の飲む水が重く、リュックがずしりと肩に食い込む。
「ごめん、日菜子、少し休んでいい?」
「うん、大丈夫。まだ時間があるから。夕方までに太子館につけばいいんだから休もう」
二人、斜面に腰を下ろし、足を伸ばした。
ふいに目に飛び込んできたのは、ぱっくりと口を開けた日菜子の履きなれたスニーカー。
「日菜子、歩くの大変だったでしょう」
私は急いでリュックの中からガムテープを取り出し、日菜子の足ごと膝に乗せ、靴先をグルグル巻いた。それを見ていた日菜子は、
「ママ、これってフィギュアスケートの紀平選手がジャンプのために巻いてる、銀色のガムテープと同じね。私は登山だけど」
と笑った。そうそう銀色だった。
「ほんとにね。これで大丈夫! 歩ける?」
日菜子はうなずき、歩き始めた。しばらく登ると、小さく山小屋が見えた。あと少しというのになんと遠いことか。休んだあとの歩き始めがさらにきつい。もう足が上がらない。
「大丈夫ですか」
そのとき、遅れる私たちを心配して、登山ツアーの若者二人が、私たちのリュックを背負いに下りてきてくれた。二人は前後にリュックを背負い、汗だくで岩山を登る。ありがたい。私は思わず手を合わせた。
やがて、日も暮れて雨も降ってきた。風も強くなり、とにかく寒い。濡れては大変と急いでカッパを着たが、日菜子はさらに銀シートを巻きつけ、斜面にへばりつき、
「惑星からやってきましたぁ」
と叫ぶ。周囲からどっと笑いが起こる。強風に、銀シートごと飛ばされそうなのだが、休憩所が目の前なものではしゃいでいる。
太子館に到着し、カレーを食べて、仮眠をとったあと、夜中に出発した。
空には満天の星たち、ゆっくりと登り始めながら、弱音を吐かず歩き続ける日菜子に、重い体を引き上げられているようだ。
「ママ、見てきれい」
娘の声に振り返ると、来た道が見える限り輝いている。何百という人の道に、昼間はカラフルな帽子やヤッケを着た人々が続いてたのに、今は真っ暗な闇の中、遠くヘッドライトが赤や黄に歩幅に合わせて静かに揺れて、
「とても美しいね」
「うん、狐の嫁いりみたい。ちょうちんが揺れる、お祝いの道ね。とても静かな」
どこも人、人、人で渋滞が起きているのに聞こえるのは、足音と必死な息づかいなのだ。
そして、頂上制覇! 長い道のりにあちらこちらで、安堵の声が上がった。雲海の向こうから一筋の金色の光が差し、神々しいご来光に思わず「バンザーイ」と叫ぶ中、拍手が巻き起こる。立ち尽くすうち、白々と明ける空に、日菜子の疲れ切った顔がはっきりと見え、勝手に泣けた。日菜子は役目を果たし、得意気にVサインをした。
「来年も、来る! またここに」
そう言うと、稜線に輝く朝日に向かって駆け出していった。私は日菜子と、また小さな一歩を踏み出していきたいと思った。