おまえの名前はペロだよ
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おまえの名前は
ペロだよ
福田あい
山にかこまれた、ある小さな町に小学校一年生の、やっちゃんという男の子がいました。
父さん、母さん、やっちゃんの三人家族です。
小学校に入って、友だちができました。一番のなかよしは玉ちゃんと竹ちゃんです。
ところが、一年生もおわりに近づいたある日のことです。
父さんが会社から帰るなり、
「四月から、となり町の支社に、てんきんすることになったよ」と言いました。
やっちゃんは、急に不安になりました。
玉ちゃんや竹ちゃんと、わかれることになるからです。
そんなこと、ぜったいに、いやだと思いました。
三月に入ると、母さんがお引っ越しのじゅんびを始めました。荷造りされていく衣類や食器などのかたわらで、やっちゃんは「玉ちゃん、竹ちゃんと別れるなんて、ぜったいにいやだ」とべそをかきはじめました。
母さんは、やっちゃんの頭をなでながら、「いつもね、父さんといっしょよ。母さんもやっちゃんもね」と言いながら、やさしい目で、やっちゃんをのぞきこみました。
母さんに、この目で見つめられると、もう何も言えなくなるのです。
春休みに入ってすぐの日ようび、とうとうお引っ越しの日がきました。
やっちゃんが顔を洗ってキッチンに入ると、大きなお皿に、おにぎりが山もりになっています。
「ワー、遠足みたい!」
やっちゃんは、おにぎりを二個もたいらげました。ちょうど、そのときのことです。
「やっちゃん、やっちゃん」と呼ぶ声が聞こえてきました。
やっちゃんが、急いでとびだすと、玉ちゃんと竹ちゃんです。
そして、なんと、二人の少し後には、人なつっこい目つきの子犬がしっぽをパタパタふりながら、ついてきていました。
やっちゃんは、思わずかけよって、だき上げました。
「これ、捨て犬だよ。夕べ、ぼくんちの裏でないていたよ」と、玉ちゃんが言います。
「きっと、おなかペコペコだね」と、竹ちゃんものぞきこみます。
やっちゃんの胸に、鼻をすりつけて「クウ、クウ」ないています。小さくて、柔らかくて、とても温かです。
やっちゃんは、神さまが、玉ちゃんや竹ちゃんと別れるさびしさから救ってくれたのかもしれないと思いました。
出発のじゅんびができたころ、近所の人たちが、見送りにきてくれました。
父さんと母さんは、一人一人に、
「これまで本当に、お世話になりました」と、あいさつをしました。
しばらくして、父さんがひたいに手ぬぐいをきりりとしめ直して、ワゴン車のうんてんせきにすわりました。
エンジンをかけると、見送りの人々に頭を下げて、やっちゃんをふり返りました。
そのとき、父さんは、やっちゃんのひざの上に、ちょこんと座っている子犬に、目をとめたのです。すかさず手をのばして、ほいっとつまみ上げ、うんてんせきのわきの草むらに、すとーんと落としてしまいました。
やっちゃんは、あっと息をのんだあと、
「父さん、いやだ。ぼくが拾ったんだよ。父さんたら……」
大泣きを始めました。
玉ちゃんと竹ちゃんが、心配そうにかけよってきます。
それでも父さんは、見送りの人々に頭を下げると、発車させてしまいました。
「止めて、父さん。ぼくが拾ったのに、父さんったら……かってに、かってに、父さんのばか、ばか……」
母さんはホーッと、ため息をついて、だまって、やっちゃんの背中をさすりました。
大泣きをしていたやっちゃんは、いつの間にか、つみ荷の間で、ねいってしまいました。
しばらくして、ほっぺたをペロペロなめられる感じで、目をさましました。
「アッ!」
子犬が、やっちゃんのほっぺたをなめているのです。
「おまえ、どうやってかえってきたの?」
やっちゃんの声は、うわずっています。
「だれが、この車にのせてくれたの? 神さまなの? それとも、父さんが。まさか……。母さんなの? 玉ちゃん? 竹ちゃん? もう、誰でもいいけど、ハッピー」
やっちゃんは子犬に呼びかけました。
「お前の名前は、ペロだよ」
その姿を、父さんと母さんはやさしく見守っていました。