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コウモリガサの 一番星

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コウモリガサの

一番星

浜尾まさひろ

夕暮れの町を、高田くんがとぼとぼと歩いていました。高田くんは、入社一年目のセールスマンです。

アタッシェケースをかたてに、足を棒にして歩きまわりましたが、今日もけいやくがとれませんでした。

(つかれたなあ……)

高田くんはためいきをつきました。

と、そのとき、公園のまえでハチマキをしたおじさんが、並べられた色とりどりのカサを前にして、

「さあさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」

と、声をはりあげました。

(なんだろう?)

そばにいくと、おじさんは調子をあげて、

「ここにあるカサは新品じゃない。もらいものばかりで、ぼろっちいカサがほとんどだよ。なかには、穴があいたやつもある。

捨てたつもりで安くしておくよ。一本たったの五十円だ」

「クスクス」

通りがかった女の人たちが立ちどまりました。公園にいた子どもたちも、かん高いおじさんの声につられてやってきました。

(なんだ。カサ売りのおじさんか。あんなボロガサが、売れるわけないじゃないか)

そう思いながら歩きはじめようとしたとき、

「そこのお兄さんよ」

おじさんが呼びとめました。

「あんた、おふくろさん、まだ元気だろ」

きかれて高田くんは、

「ええ、まあ……」

と答えました。

おじさんは高田くんのへんじにうなずきながら、

「おれはね、この黒いコウモリガサを見るとおふくろのこと思い出してしようがねえんだ」

「ハア……」

高田くんが立ちどまったのを見たおじさんはつづけました。

「びんぼうだったからねえ、子どものころはカサも買ってもらえなかったんだよ。

親父が使ってたカサを持たされて学校に通ってたときは、恥ずかしくてしかたがなかったね。

あるとき、おれは新しいカサを買ってもらいたい一心で、そのカサに、ハサミでいくつもの穴をあけたことがあるんだ。

おふくろにみつかったときは、叱られるのをかくごでわけを話したんだな。

するとおふくろは、泣きべそをかいているおれを見て、カサを広げてこう言ったんだよ。『おや、星がたくさん見えるじゃないの。あのおおきいのが一番星で、父ちゃんの星だね』ってね。

そう……小さな穴からもれる光が、星みたいにかがやいて見えたんだ。

つぎの日から毎日、学校から帰ると、カサを広げて、星を見るのが楽しみになっていたんだよ……」

「フンフン」

いつのまに集まってきたのか、おじさんのまわりを大ぜいが囲んでいました。

「お兄さんよ」

おじさんが高田くんに向きなおりました。

「新しいカサはきれいでいいだろ。でも、星がみえるカサなんて、めったにあるもんじゃないさ」

「ハハハハ。星のみえるカサか……」

そばにいた紳士が、にこやかな笑みを浮かべながら、

「そんなカサがあったら、楽しいだろうな。どれ、一本もらうよ」

「わたしも買うわ」

「ぼくも!」

「まいどありー」

おじさんの話がおわるやいなや、カサはあれよあれよというまに、売れていきました。最後に残った黒いコウモリガサを見た高田くんも、おもわずそれを買ってしまいました。雨は降りそうになかったのに。