阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「生前葬」吉田正年
あるところに、お爺さんとお婆さんがいました。お爺さんは人を驚かせることが大好きで、時には一番の友人と協力して周りの人たちを巻き込んで友人、知人を驚かせてきました。お婆さんはいつもお爺さんのいたずらや思い付きに振り回されていました。
そんなある日、お爺さんが突然言い出しました。
「生前葬というものがやってみたい」
お爺さんは珍しく真剣な顔をしていました。「自分が死んだら周りの人たちはどう思うのだろう」
と言って最後には笑っていました。これもお爺さんの悪戯なのだろうと、お婆さんは「また始まった」と、少しため息をつきながらも、何となく自分もお爺さんが亡くなったらどんな気持ちになるのか、周りの人たちがどんな反応を取るのか気になり、少し積極的な気持になり、お爺さんのために生前葬の準備を始めました。
当日、公民館を貸し切って、お爺さんの友人、知人、親せきなど多くの人が集まりました。お爺さんは白い着物に身をつつみ、一人で棺の中に入っています。そして、棺の周りの人たちの声に耳を傾けています。お爺さんの友人たちも、この生前葬に乗り気で本気で悲しみ合っていました。
「ああ、私よりも長生きしそうだったのに、先に逝ってしまうなんて」
「もう悪戯されないで済むかと思うとホッとする面もあるけど、やっぱり寂しいなぁ」
など、悲しい言葉を並べていました。
お爺さんは棺の中で「なるほど、死ぬとこういうことが言われるのか」などと思っていると、急に顔をぺしぺしと叩かれました。
「お爺ちゃん、目を開けてよ」
顔を叩いていたのはひ孫で、どうやら本当にお爺さんが死んでしまったと思い込んでいるのか、涙声になっていました。お爺さんはひ孫を悲しませまいと目を開け、自分が生きていると知らせようとしましたが、しわしわの手が邪魔をしてきました。
「お爺さんは今死んでいるのだから、動いちゃだめですよ」
お婆さんはお爺さんの耳元で囁くと、ひ孫を連れて離れていきました。お爺さんは少し寂しくなりましたが、これが皆と別れて死ぬという事なのかと思いました。
そして通夜の料理が運ばれてきました。料理はお爺さんの好物ばかりで、とてもいい匂いが棺の中まで漂ってきます。お爺さんは料理を食べようと思わず棺の中から出ようとしましたが、また、お婆さんに邪魔をされました。
「お爺さんは死んでいるのだから食べちゃだめよ」
公民館内はにわかに騒がしくなりましたが、お爺さんのいる棺の周りは静かで、飲食も出来ず誰とも話せない状態で、お爺さんは退屈でだんだんと眠くなり、ついには眠ってしまいました。
ふと、お爺さんが目を覚ますと、棺の蓋は閉じられており、真っ暗闇でした。外からは読経の声が聞こえてきます。身体を動かそうとしても縛られている様で、動くことが出来ず、声を出そうとしても猿轡をされ、声が出せない状態になっていました。
すると、棺の一部が開きお婆さんが顔を出しました。
「おはようお爺さん。ここは本当の火葬場よ。私はいつもあなたの悪戯に振り回されてきたのよ。どれだけ私が苦労してきたのか、あなたにわかるかしら。でも、それも今日でお終いよ。さようなら」
と言うと、お婆さんは棺を占めてしまいました。棺の中からは、お爺さんのかすかな声が聞こえます。
参列者たちは笑いをこらえていました。いつも皆を悪戯や人を驚かせるお爺さんを逆に驚かせようと、みんなで一芝居うったのです。そろそろ棺を開け、ネタ晴らしをしてもいいのではないかと、お爺さんの一番の友人が棺を開けに行きました。棺を開けると、何かしている様で、驚いた顔でこう言いました。
「ほ、本当に葬儀を行わなければならないかもしれません!」
その声に驚いたお婆さんや参列者達は急いで棺に駆け寄ると、お爺さんは棺の中で舌を出して笑っていました。
「私を驚かそうとするなんて百年早いわ」
お爺さんは、お婆さんのたくらみを知ったうえで、一番の友人に一芝居うってもらうように頼んでいたのでした。お婆さん死ぬまでお爺さんには敵わず、振り回されるのだなと思ったのでした。