阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「列」本間文袴
夜半に降った雨のせいか、日が差し込む頃には辺りは霧に包まれていた。
新聞を取るために庭に出ると、家の前を通る道路までしか視界が利かず、それより向こうは真っ白で見ることができない。あまり経験しない濃霧を少々面白く感じながら周りを眺めていると、道路に誰かがいることに気が付いた。近所の人かと思ったがそうではなく、見慣れない出立ちをした男性のようだった。夜が明けたばかりの早朝に何をしているのかと気になって見ていると、その男性はゆっくりと歩き始めた。全身黒ずめのスーツ姿をしていたため霧の中でもよく目立ち、俯いたまま頭を僅かに左右に振りながら進む様子がよく見える。不気味にも感じる挙動にどうしたものかと考えていると、不意にその男性の後ろからもう一人別の男性が現れた。
もともと、自宅の塀の影から覗いていたので最初の男性の背後はよく見えていなかったのだが、二人目の男性はその存在に気付かないことは不思議な程の至近距離にいた。一人目のすぐ後ろにぴたりと付くようにして歩く二人目は、気味が悪い程に一人目とそっくりだった。黒ずくめのスーツに俯いて頭を左右に振る仕草まで同じなのだ。そして驚いたことに、二人目の後から似たような存在が続々と姿を見せ始めた。同じ姿に同じ仕草の彼らは一列縦隊で延々と続き、家の前を静かに通り過ぎていく。無意識に体に力を入れて息を潜めて見ていたが、ある程度の数を見送ったところで列にぽつぽつと穴が開いていることに気付いた。途切れることなく繋がっていた行列に不自然にある空間を詰めることなく進む様子を疑問に思ったが、その次に来る男性をよく見るうちに納得がいった。開いた穴の後ろの男性は決まって手に小さな黒い物を持っていて、それを大事そうにしているのだ。
どうやらそれは、葬儀の列だった。
濃い霧の中を黙々と進む黒服の彼らがどこに向かっていて、そして、どこから来ているのかは分からない。気にはなったが塀から顔を出す気になど到底なれず、そのまま列が消えるまで覗き見ていた。
彼らが見えなくなるのを霧が晴れるのとはほぼ同時で、気付けば青空が広がっていた。夢から醒めたような心持ちで家に入ったが、その日一日は黒服の行列が頭から離れず始終上の空だった。
次の日の朝も濃霧が出ていたので外に出てみると、やはり彼らが歩いている。前日と同じ黒服姿で俯きながら頭を振り、静々と進んでいく。ただ、何となく以前より列の穴が多いように感じた。誰の葬儀なのか知りたかったが叶うわけもなく、列は霧と共に消えていった。
二日連続で同じようなものを見たので、さすがに唯事ではないと思って家で話してみたが、誰一人としてそれに気付いてなかった。近隣で話題になっている訳でもないので、それ以上口に出すのは止めにした。
三日目の朝は早めに外に出て待っていると、見慣れてきた行列が道路に現れた。だが、その数は明らかに減っている。一人通り過ぎた後に五人分程の間が開くこともざらで、総数の半分はいなくなっているように思えた。極めつけは列に開いた穴の後ろに続く男性で、今までは遺品らしき黒い物を一つだけ手に持っていたのだが、それが複数個になっている。中には両腕で抱えるようにして大量に持っている者もいて、数の減少は歴然としていた。
霧と同時に消えるのは変わらないが、数が少ないせいか今までの二日間よりも短い時間に感じられた。
霧で湿った庭は虫が多く、立っているだけで顔の周りを羽虫が飛ぶ。足元をうろつく生き物をちらりと見てから家に戻った。
四日目になると行列は三分の一程になり、遺品も持つのが大変そうになっている。中には数人で協力しながら運んでいる者もいて、かなり難儀しているようだった。さすがに列も縮まり、その日は十分もしないうちに終わってしまった。
近隣や家の人達は連日のように霧が出ていることに気付いていないらしく、普段と変わらない生活を送っている。
五日目の朝は何だか嫌な予感がしたが、見届けることにして外へ出た。やってきたのは行列ではなく項垂れたただ一人で、手には何も持っていなかった。いつもにも増してゆっくりと歩き、ふらふらと霧の中に消えて行った。
その日以降、彼らを見掛けることはない。霧も出なくなったので、庭も乾燥して散策しやすくなった。一週間程前に庭に置いた蟻の駆除剤が効いたらしく、塀の中の土をせっせと運び出していた蟻の行列もいなくなっている。塀が弱くなっては困るので駆除したが、他の場所なら放っておいただろう。
蟻の黒い行列がどこにいったのかは、知る由もない。