阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「窓の外の」大西洋子
レールに吊り下がる白を基調としたカーテンと、枕元の近くにぶら下がるビニールの袋から繋がれた細い管。その管は自分の左手の甲へと続いている。
まただ。もう何度目だろう。季節の変わり目に体調を崩して入院することになるのは。
点滴の液が細い管の中だけになってきた。ぼくは枕元のコードをひっぱり、看護師さんに点滴の終了を告げた。
街の中心部から少し離れた所に建つ大病院。授業中に倒れ、ここに運ばれたのが昨日。何時も通っている病院じゃないから、先生や看護師さんに、また? という顔をされないのが唯一の救い。
点滴が終わったあとは退屈。そう、看護師さんに愚痴ると、
「この階の南にキッズスペースがあるわ。あなたくらいの子が読む本が何冊か置いてあるはずだから行ってみたら?」
さすが街の大病院。でも、そこに置かれたおもちゃは、ぼくよりも小さい子向けだったし、本も読んだことがある物が多くてがっかりした。その代わり、そこには大窓があり、その大窓に向かっていくつかカウンターが備え付けられた。
ぼくはそのカウンターに座り、その大窓から積み木を並べたような家々を眺めているうちに学校を見つけた。
運動場の隅に鉄棒、登り棒、滑り台にブランコ。きっと小学校だ。時間的に中休みなのだろう。豆粒のような人影が運動場のあちこちで動いていた。
いいな、みんな楽しそう。
中休みの終わりを告げるチャイムがなったのだろう。運動場で遊んでいた人影が、先を争うように、あるいは、まだ遊び足りないとばかりに遊びながら校舎へと戻ってく。
しばらくすると、また運動場に人影が現れた。赤い帽子に紫色のズボン。体育の授業だ。何の授業だろう?
大窓に顔をくっつけて見る。鉄棒辺りに人影が集まっている。まるでコマのように回る人影、ぐるりと一回転してはしゃぐ人影、そして、補助具を使っても回れない人影。ぼく自身、体育は苦手。だけど、あれができたらいいなという気持ちは痛いほどわかる。がんばれ、がんばれ、あともう少し。
応援が届いたのか、その人影がくるりと一回転。やった、できた! あぁ、ぼくもあの人影のように鉄棒できるようになりたいな。そのためには、早く元気にならないと。
ガタガタと音を立てながら、昼食が運ばれてくる。病院のご飯、あまり美味しくないけれど、食べないと強くなれないからなぁ。
ぼくは大窓から顔を離し、自分の病室に戻ることにした。
それから、点滴後は小学校の運動場を見るようになり、お母さんに教科書とノートを持ってきてもらい、大窓の外を見ながら勉強するようになった。
「おや、坊主、こんなところにいたんだ」
声を描けてきたのは同室のお兄さん。頭に包帯を巻いているけれど、よく下の売店で買い食いしているのを、ぼくは知っている。
「勉強かぁ、偉いなぁ。何の勉強をしているんだい?」
「分数。お兄さんわかる?」
「分数かぁ。どれどれ……」
お兄さんは何度も頭をかきむしりながらも、ぼくに分数を教えてくれた。その仕草が担任の先生にそっくり。ああ、早く先生に会いたいな。
分数の勉強に一区切りついた時、お兄さんがジュースをおごってくれた。
「ここ、見張らしがいいな。あんなところに小学校があるのか。知らなかった」
運動場で動く人影に、お兄さんは思わず目を細めた。
退院の日が決まった。仲良くなったお兄さんも、その日に退院するそうだ。ぼくとお兄さんは、大窓の外の小学校を見ながら、ジュースで乾杯した。
そうして退院の日、先生や看護師さん、それに同室の方にありがとうと告げ、お兄さんとハイタッチでさようならした。
帰り道、ぼくはあの大窓から見た小学校の方に寄り道してもらった。だけど、その小学校は影も形もなかった。
あの大窓から見た小学校は何だったのだろう? あの大窓から見た景色を確かめたいけれど、確かめられない。いや、その機会が訪れない方がいいに決まっている。
だって、あれ以来、ぼくは病院に行くほどの病気や怪我をしていないのだから。