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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「天国の風景」鈴木尋亀

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第54回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「天国の風景」鈴木尋亀

ゴトンガタンという心地よいリズムに揺られウトウトしていると、いつの間にか列車は見覚えのある田園風景の中を走っていた。これは子供の頃、列車のシートに膝をついて窓にかじりつくようにして眺めた、あの風景だろうか。金色に実った田んぼの真ん中に突き立てられた案山子が、近づいては遠ざかってゆく。

窓枠の両端にあるツマミを握って、上下二段に分かれた窓をスライドして押し上げると一気に風が吹き込んで来た。そういえば列車のこういう開閉式の窓も近頃では珍しくなってしまった。対面式の四人掛けシートの背もたれは垂直で、リクライニングしない。天井取り付けられた扇風機は、車内を眺め回すようにゆっくりと回転している。

私はなんだかとてもリラックスして、窓枠に頬杖をつき、顔に吹きつける風を楽しんだ。

 

駅に着くと乗り込んで来たのは、まだほんの小さな少年だった。ホームに見送りに来ている両親らしき人々は、どこか沈痛な面持ちである。

一体なんでこんな小さな子供を一人で旅に出すのだろう。いやそれより、そもそもこの列車は一体どこへ向かっているのだろう。

列車が動き始め、見送りの人々の姿も見えなくなってしまうと、少年が所在無げにこちらを見た。私が手招きをすると少年は小走りにやって来て私の前の席に座った。

「君、歳は幾つ。」

少年は真っすぐに私を見て答えた。

「享年7歳です。」

「えっ。」

私は思わず絶句したが、その少年はいたって落ち着いた様子で続けた。

「ぼくは小児ガンで死んでしまったんです。だからこの列車に乗って天国へ行くんです。この列車の終点は天国なんですよ。」

「君はなんでそんなことを。」

「ぼくはまだ小さいので、前に死んだ時のことを思い出すのも早いんです。おじさんも多分少しずつ思い出して来ると思います。」

そう言われて、ようやく私はさっきまで病院のベットに寝ていたことを思い出した。

最後に見たのは、ベットを覗き込んでいる妻と娘の顔だった。娘はまだ高校生で、長男は勤めがあって間に合わなかったのだ。なんだか悪かったなあ。

「思い出してきたんですね。」

少年が私を覗き込んでいった。

「ああ。君のいう通りだ。」

「この列車の窓の外を通り過ぎて行くのもおじさんの思い出なんです。それで、思い出が全部通り過ぎてしまったら終点に着くんです。」

私が再び窓の外へ目を移すと、子供の頃通っていた小学校の校舎が通り過ぎて行った。運動場でドッジボールをしていたのはクラスメートたちだろうか。物心ついてからずっと通っていた駅前の本屋。上京して初めて顔を覚えてもらった居酒屋。次から次へと懐かしい風景が窓の外を流れてゆく。

ふと気がつくと、少年は外の景色を見ないで、足をブラブラと揺らしながら床を見つめていた。

「君の思い出は。」

「ぼくの思い出は少ないから、もう大体見終わってしまったんです。だから次の駅がぼくの終点なんです。おじさんはいいね。きっと出迎えの人も沢山いるよ。」

次の駅には、少年が生まれる前に死んでしまったというおじいさんが、ただ一人迎えにきていた。少年は初めて会うおじいさんに少しはにかんでいたようだったが、初めて孫の顔を見るおじいさんは大変な喜びようで、二人はすぐに打ち解けた様子だった。少年とおじいさんは、動き出した列車に向かってにこやかに手を振って見送ってくれた。

 

列車の外を流れる景色も徐々に終わりに近づきつつあるのが分かった。私の終点ももうすぐのようだ。私は一体誰が出迎えに来てくれているか考えてみた。父母も祖父母もすでにこちらに来ている。若くして亡くなってしまった友人たちの顔を思い浮かべてみる。そうだ、小学生の時に交通事故に遭ったクラスメートの女の子。もう一度会えたらとずっと思っていたっけ。考えてみれば、あれが初恋だったのかもしれないな。

そんな考えを巡らせていると、列車がスピードを落とし始めたのがわかった。窓から顔を出すと、近づいて来るプラットホームに見覚えのある人たちの姿が見えた。