阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「姥捨て山」安藤優
現役世代は悲鳴を上げていた。
いまや四人に一人が老人で、これが三十年後には二人に一人の割合になるという。
現役世代がその重さに耐える一方、老人たちは病院の待合室にたむろし、年に何度かの温泉旅行を満喫する。そんな異様な光景が、もはや日常になっていた。
ラディカルな変革と革新。
現役世代、特に若者の怒りと不満、やるせなさは、噴火前の火山のようにふつふつと静かに溜まっていて、軋み始めた制度が壊されるのは、時間の問題だった。
きっかけは優先席だった。
登山帰りの老人が、優先席を立つよう妊婦へ求めたのだ。気の弱い妊婦はそれに従ってしまう。そこへ電車の揺れががたりと重なり、妊婦は転倒。結果、流産。
その様子がSNSにアップされ、拡散されると、現役世代の怒りは瞬く間に爆発した。
「我々の力で、日本を変えましょう」
新進の若手政治家が言った。
人々は深く頷く。各分野をリードする若手が一堂に会し、今後の日本について議論を交わしていたのだ。
若手政治家が続ける。
「今後の日本に必要な物……それは姥捨て山です。姥捨て山は、社会の新陳代謝を手助けする制度、いわば自浄作用のようなものです。このままでは社会全体が疲弊しきってしまう。そうなれば若者はもちろん、老人世代も共倒れ。そうなる前に、策を打つべきです」
「それが、姥捨て山というわけか」若手官僚は腕組みをしたまま言う。
「その通り。プロジェクト・UBASUTEとして、世間に訴えかけていきましょう」
「ポイントは?」
若手実業家が鋭く問うた。若手政治家は、待っていましたとばかりにそれに答える。
「ポイントは二つ。対象者の選別と、UBASUTEの執行方法です」
若手政治家が手元の機械を操作すると、日本の人口構成を示すグラフが画面に映された。
「まずは対象者の選別から。現在の日本では、六五歳以上が四分の一を占めています。つまり、四人に一人が『老人』というわけです。そこで、『老人』の定義を七五歳以上に上げてみたらどうでしょう?『老人』は八人に一人にまで減るのです。これは日本がまだ元気だった、三〇年前と同じ水準です」
若手医師が頷きながら反応する。
「七五歳以下の認知症発症率はそれほど高くはない。妥当な線引きと言えるでしょう」
専門家のお墨付きを得て、若手政治家は満足げにほほ笑んだ。
「次はUBASUTEの執行手段。これには安楽死施設を用意するのです。まさに現代の姥捨て山。これにより、人間の尊厳を保ちつつ、最期を迎えることが出来るのです」
そこで、若手画家が沈黙を破り言った。
「UBASUTEは、現役世代を生かすだけでなく、老人世代を生かす制度にもなる」
「というと?」誰かが問いを投げかける。
「定められた時間を、精いっぱい生きること。それは、認知症になったあと家族に疎まれながら生きながらえるより、余程充実した最期になるかもしれない。人間が、人間らしく、最期の最期で命を燃やすんだ。これは、全世代を生かすための制度になる。だからぼくは、UBASUTEを支持したい」
「全世代を生かす制度、か。いいキャッチコピーになりそうです」
若手政治家は深く頷き、皆に呼びかけた。
「前途多難とは思います。それでも、最後の最後まで力を合わせ、プロジェクト・UBASUTEを実現させましょう」
満場一致の、拍手だった。
UBASUTEの前進は困難を極めた。
上の世代を中心として反対運動は起きたし、下の世代にも、眉をひそめる者は少なくなかった。途中、世代間で衝突はあったし、世代内でも意見の対立を巡り、争いが起こった。時には死者も出た。
それでも、幾多の試練を乗り越え、ついにUBASUTEは実現した。
新しい時代を切り開くためには、いつだって犠牲が付き物なのだ。革命をやり切ったような一種の満足感が、社会全体に漂った。
しかし、運動の発起人である彼ら―各分野のリーダーたち―は浮かない顔をしていた。なぜならたった一つだけ、彼らにも誤算があったからだ。
たった一つの誤算。
それは、UBASUTEの実現に思ったより時間を要してしまったことだ。
年数にして、およそ五十年。当時の「若者」たちが、UBASUTEの対象年齢になるには十分な長さだった。