阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「最後の地球人」瀬島純樹
「彼等は何と言っているんだ」
「我々が敵対的な侵入者かどうか窺っています」
「彼等に伝えてくれ。我々は宇宙の果てからきた。暗黒を彷徨って、やっと我々も住める惑星にめぐり会えた。どうか、しばらく休ませてもらいたい」
「彼等が我々を調べていいかどうか聞いています」
「どうぞ、こころゆくまで調べてくれ。我々はただただ、この目の前の大地で休みたいだけなのだ」
どう見てもゴツゴツした岩石の塊にしか見えない宇宙船で、最後の地球人達はどうにかこうにかこの惑星に辿り着いた。
何世代もの果てしのないと思われた長い旅が、唯一生き残った宇宙船をこんな姿にしていた。
かつて、地球は未知の侵略者に略奪され、地球人達は逃げ出すしかなかった。生命の循環システムを搭載したノアの箱舟が、数多く地球を飛び出した。それ以来当てもない流浪の旅が始まったのだ。
そして今、この宇宙船の四代目のキャプテンが、彷徨える最後の地球人達の命運を掛けた交渉に臨んでいた。
通訳に当たっているのは、旅の途中でめぐりあった異星人。小さい頭に三本足の彼の知的能力は計り知れないくらいに高く、地球人の言葉も暗号解読のように、いとも容易く理解してしまった。
船内のチームの誰とも直ぐに打ち解けて、今やチームの一員として誰もが認めていた。何よりキャプテンの信頼は厚かった。
「キャプテン、あなたに来てほしいそうです」
「よし、分かった。通訳として君にも帯同して欲しいが……」
「分かりました。彼等の了解を取ります」
キャプテンは何の迷いもなく、今まで映像でしか見たことのなかった大地を踏みしめながら、彼等の方に進んで行った。異星人の通訳も後に続いた。
通訳に当たっている異星人の姿は地球人にとっても親しみが持てた。しかし、この惑星の住人の姿はキャプテンの想像を遥かに超えていた。
柔らかそうなコラーゲン質の表皮で覆われている球体で、大きさは直径一メートルくらいありそうなものが、空中に浮いている。
それが、キャプテンと通訳の前方に幾つも浮遊している。そのうち三つの球体がゆっくり近づいて来た。
球体から聞こえて来る音声は、高音の笛の音のようだ。
「キャプテン、あなたの体の仕組みに大変興味を持ったようです」
「触られている感じはしないが……」
「彼等は媒体に触れることなく、探ることができるようです。身体も頭も」
「痛い、下の方に痛みが走ったぞ」
「彼等の、つまりこの三人の関心がキャプテンの一か所に集中しています」
「まさか、あそこか」
「どうもそのようです」
「ちょっと悪いが、催してきた。彼等に説明してくれ。トイレで用を足したいが……」
「分かりました……でも、うまく説明できません。何と言っていいのか」
「とにかく、トイレに行かせてくれと伝えてくれ」
「トイレとは何だと言っています」
「知らないのか、困ったな」
「とにかく人間にとって生命を維持するための最も基本的な生理現象で、その場所を提供してほしいと説明してみます」
「早くしてくれ」
「理解していませんが、関心を示しています。この場でしてもいいようです」
「そうか、ありがとう」
初対面の宇宙人の前で、なにを披露するのは、如何なものかと、キャプテンに躊躇いはあったが、地球人としてのプライドを気にしている場合ではない。
腹を決めたキャプテンは焦りを押さえて、ズボンのチャックを下ろした。
にわかに風が吹いてきて、皮膚が大気に触れた。キャプテンは、宇宙船で生まれて今までに感じたことのないような感覚が、全身を走り抜けた。
すると、まさにこれから放出しようとした時、目の前にトイレが出現した。いつも宇宙船で使っているトイレだった。キャプテンは自分の目を疑った。
「これはいったい…………」
「キャプテン、どうやら彼等は我々のことを知り尽くしています」