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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「タヌキの宝箱」家間歳和

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作文・エッセイ
結果発表
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第48回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「タヌキの宝箱」家間歳和

「来週の火曜日、パパの誕生日だね。プレゼント、楽しみにしていてね」

小学三年生の娘、加奈子が百パーセントのニコニコ顔でそう言った。

小学生になったころから、娘は僕にプレゼントをくれるようになった。当時の担任の先生から、「どんな物でもいいです。お父さんやお母さんの誕生日には、なにか感謝を贈りましょう」という教えがあったようで、律儀にその教えを守ってくれているのだ。

一年生のときは「赤い折り鶴」をくれた。妻の沙紀子に折り方を習ったのだろう。少々しわの多い鶴だったが、初めての娘からのプレゼントだ。今も大切にしまってある。

二年生のときには、丸く切ったボール紙に金色の紙を貼り、紐をつけた「金メダル」をもらった。これは自分で考えたものであるという。娘の成長に感涙したものだ。

「今年はなにをくれるのかな?」

僕の言葉に、加奈子のニコニコ顔は百二十パーセントに上昇した。

「あのね、本当は内緒だけどこっそり教えてあげる。タヌキの宝箱だよ」

加奈子はボリュームをしぼって答えた。「え、タヌキの宝箱?なんだよ、それ」

「それは火曜日の、お楽しみ!」

と、加奈子は子ども部屋へと走り去った。

タヌキの宝箱。

なんとなく想像はできた。タヌキだからタカラ箱からタの字を抜くと、カラ箱。つまり空箱というオチだ。昔からよくある言葉の遊び。おそらく、学校内で最近知り、友だちと面白がっている話題なのであろう。

手作りの小物入れ箱か、有り物の箱に装飾を加えたものか。とにかく、自分で工夫した箱を用意しているに違いない。もちろん、中は空。開けてみて「なんだ、なにも入ってないじゃないか」と驚く僕に、「タヌキの宝箱だから、空箱でした」とオチを説明して、ニコニコ顔をプレゼントしてくれるつもりなのだ。なんと可愛い。

これは盛大に驚いてやらねば。僕は驚く練習を重ねる決意をした。

そして。

火曜日がやってきた。僕の誕生日だ。

「パパ、おめでとう。タヌキの宝箱だよ」

夕食のあと、加奈子がプレゼントを差し出した。案の定、色紙で作った星やハートで装飾した、手作りっぽい箱であった。頬をゆるめながら受けとる。すごく軽い。

「なにが入っているのかな?」

箱を開けてみる、と、そこにはなにも入っていない……?いや、入っている。一枚の紙片が。これは……。

「え?なに、それ?どうして?」

空ではなかった箱に、加奈子も驚いている様子で、困惑の表情を浮かべていた。僕ももちろん、状況が理解できない。

「加奈子が作った箱は素敵だけど、空なのは寂しいから、ママが夢を入れておいたのよ」

妻の沙紀子が背後でそう言った。加奈子はものすごい形相で、沙紀子をにらんだ。

「どうして勝手なことをするのよ!」

そう叫ぶと加奈子は、子ども部屋に駆け込んで扉を力任せに閉じた。

いきなりのことに、あたふたする沙紀子。僕は自分が想像していた、タヌキの宝箱の話をした。事態が飲み込めた沙紀子は「どうしよう……」と、首をうなだれている。

僕は、加奈子がくれた箱と沙紀子が入れた紙片を持ち、子ども部屋をノックした。

「加奈子、入るぞ」

返事はなかったが、部屋に入った。加奈子は学習机に座り、顔を伏せていた。

「プレゼントありがとう。きれいな手作りの箱だね。上手にできているよ。小物入れに使うからね。タヌキの宝箱……あ、そうか。だから空箱にしようとしたんだ。へー、よく考えたな。パパ驚いちゃったよ」

加奈子は動かない。

「ママも悪気があったわけじゃないよ。許してやろうよ。それにママが入れた夢も、タヌキと関係している、と言えなくもないよ。ほら、この紙を見てごらん」

加奈子はゆっくりと顔を上げ、少し光る目をこちらに向けた。

「ママが入れてくれた夢はこれ、宝くじだ。まあ、夢の確率だからね。多分はずれているだろうと思うけど。だからこれは、タヌキの宝くじというわけだよ」

僕の言葉を頭の中で整理し、その意味を理解した加奈子の顔に微弱の笑みが灯った。

「でも、もし当たっていたらどうするの。それじゃあ、タヌキの宝くじにならないよ」

小さな抵抗を試みる加奈子。

「当たっていたら?そのときは加奈子の欲しい物、なにか買ってあげようかな……」

微弱の笑みはニコニコ顔に変化し、それは二百パーセントに上昇した。