阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「空を見上げて」伊原てん
穴蔵の様に暗い室内で、一組の男女がそれぞれ微かな明かりの灯ったモニターに目を走らせていた。二人の顔はいずれも痩せこけており、表情も芳しくない。やがて、二人同時にため息をつく。男が相手の表情を伺い、それに気が付いた女がゆっくりと頭を振った。彼女のモニターに映された資料には、食料も燃料も全てが尽きかけていることが示されていた。
「ダメね」
「ああ」
どこか達観した様子で二人は言葉を交わす。この程度の資源では、どうやりくりしても数日程度しか生き延びる事ができないと、二人にはわかっていた。
「設備の方はどう?」
「どこもボロボロだな、手の施しようがない」
「……そっか」
別の画面を見ていた男が無感情に答える。薄々ながらもそうではないかと予感していたのか、二人にあまり悲壮感はない。だが流石に、どちらもすぐに顔を上げようとはしなかった。
どれほど時間がたっただろうか、やがて男が下を向いたままぽつりと呟いた。
「……嫌だな」
男の言葉に反応して、女は顔を上げた。
「何が嫌なのよ?」
「こんな真っ暗な所で死ぬのはごめんだ」
そう言った男に、女は眉を顰めながら問いかける。
「なら外に出てみる?」
「冗談だろ」
力なく笑いながら男は答える。いずれ死ぬとわかってはいても、ただ苦しんで死ぬのは嫌だった。男は少し考えると、今度は真面目な口調で話し始める。
「どうせ死ぬなら、ソラを見上げて死にたい」
「ソラってあのソラ?青い?」
「ああ、見たくないか?」
「そりゃ見たいわよ」
問答する男の言葉には、熱がこもっていた。それには理由がある。
彼らが生まれるより遥か昔に、地上は人が住める土地ではなくなってしまった。住み慣れた地上を捨てざるを得なくなった祖先達は、自給自足できる体制を整えると数万人単位で拠点に籠って生活することを選択した。そうして世代を重ねるうちに地上の生活は忘れられてゆき、いつしか空という言葉はフィクションの存在となってしまっていた。
結果、彼らの子孫達は見たことのない空という存在に強い憧れを持つようになった。それは最後の子孫となってしまった二人と言えども例外ではない。
「でも、ここにもソラはあるじゃない」
「これが?」
「ええ、ご不満?」
女は苦笑しながら周りを見る。二人の周囲は暗かったが、よく目を凝らすと天井一面は巨大なモニターとなっていた。二人しかいない今ではもう電気を通していないため、画面は何も映し出してはいない。
かつてはそこに疑似的な空が映し出されており、朝から夜まで太陽の登り沈み、天気すらも再現されていた。
「こんな偽物ばかりじゃなくて、本物を見たいんだよ」
不貞腐れる様に言って男は下を向く。そんな男を女はしばらく眺めていたが、やがてしょうがないわね、と小さく笑うと立ち上がった。
「わかった。じゃあ空を見に行きましょうか」
「いいのか?」
嬉しそうに男が確認する。そんな男に、女も苦笑しながら答えた。
「いいけど、このおんぼろじゃ地上に着く前に死んでしまうわよ」
「……それもそうか」
一瞬逡巡しかけるが、ま、それでもいいさと男は、手を使って立ち上がり席に座った。隣の席に女も座り、残り少ない電力と燃料が足りるかチェックを始める。どちらも問題ないことを確認すると、男に問題なしとサインを送った。
「じゃ、いくぜ」
「ええ」
男がモニターを操作した。そして目的地を定めると、深く息を吸い込んでからその行程を実行に移す。
数時間後、彼らを乗せた巨大な宇宙船は、ゆっくり大気圏へと突入していった。