阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「空からの贈り物」水曜
数か月後。
空から隕石が降ってきてこの星は滅びる。
冗談みたいな話だが、事実である。しかも、それを避ける方法はないらしい。
各国がさまざまな対策を講じたものの、まるで効果は見込めず。善人も悪人も、男も女も、老人も子供も、人も人以外も、皆が平等に滅びる。
逃れようのない未来が知れ渡った時、最初は皆が混乱した。慌てふためき、逃げまどい、争いが始まった。
だが、やがて全ては沈静化していった。
まるきり難病にかかった人間と同じプロセス。何をしても何も変わらないと気付けば、やがて諦観へと変わっていく。
まあ、それでもヒステリーを起こす者がいたり、日々の小競り合いは起きているけれども。逆に言えば、その程度で済んでいる。
滅亡へのカウントダウンが近付くなか。
世界はそれなりに平和であった。
「はあ、今日もばっちり見えるな」
息を吐き、私は宙を仰ぐ。
青空にくっきり浮かぶのは、赤みを帯びた光点。十円玉にも満たない大きさ。あれが、数か月後には落下してくるとは。あまつさえ、地球の息の音を止めることになるとは。俄かには信じられない気がする。
実は全て冗談でした。
あるいは何かの間違いでした。
誰かそう言ってくれないものだろうか。
「いや、無理だろうなあ」
何を隠そう。
私は件の隕石を観測した研究員の一人だった。何人もの優秀な科学者が、確認したことなのだ。
間違いなく、隕石は衝突するし。
結果、人類最後の日が訪れる。
どうあっても既定路線は覆らない。
では、残りの余生をどう過ごすべきかなのか。自分にできることはなんなのか。やり残したことはないのか。
考えるべきことは色々ある……はずなのだけれども。
「あー、腹減った」
獣の唸り声よりおぞましい音が、自分の腹部から流れる。近未来に絶滅が決まったとしても、生きていれば空腹を覚える。生き続けたければ腹を満たさなければならない。
矛盾しているような。
そうでもないような。
何にせよ腹が減っては何とやら。問題は最近、食料の入手が困難になりつつある点だった。生産、流通、販売といった機能は緩やかに麻痺を起しているし。電気、ガス、水道といったライフラインもいつ破綻するか分かったものではない。
ぼんやり空を見上げながら、私は歩を進める。街はシャッターが下ろされた店が、また多くなった印象を受ける。このご時世において、未だ通常営業を続けているほうが珍しい。そんな奇特なスーパーマーケットが近場に残っているのだから、私は運の良い方なのだろう。
「いらっしゃいませー」
呑気そうな店員の声を受け、私は古びた店舗の奥に入る。まずは米を確保する。穀物の類は配給車が来ることもあるが、量としては微々たるものだ。
それと、できればタンパク源も手に入れたい。棚に置かれる品数は日に日に少なくなってきている。いつ何が再入荷するかは見込みがつかず、運と巡りあわせに頼るほかない。
「お」
人だかりが出来ている一角にぶつかる。でかでかと掲げられているのは、牛肉タイムセールの文字。私は一も二もなく、戦場となっている売場に飛び込む。
皆が目の色を変えて群がる。ここでは強い者と速い者が勝者だ。
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
どうにかワンパックだけでも、手にすることに成功したのは奇跡と言って良い。肉を目にするのは久しぶりだった。まじまじと戦利品を見やると、それだけで唾液が大量に分泌される。
これは、早く帰らねば。
ホクホク顔で会計を済ませた私は、帰路を急ぐ。荷物は重かったが、心地の良い重みだ。足取りは軽く、胸が躍る。
意味もなく叫びだしたくなる。
たかが、薄い数切れのロース肉でここまで興奮するなんて。以前は考えられないことだ。正しいのか間違っているのか分からないが、私は確かな幸せを感じていた。
「ただいま!」
「あ、お帰りなさい」
我が家の玄関を勢いよくくぐると、身重の妻が出迎えてくれた。彼女はつわりがひどくてずっと調子が悪かったが、今日は良いものが食べさせてやれそうだ。