阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「プライスレス」吉田桐
帰りにおばちゃんの店行ってきてね!
京平のスマホに、母からラインが入った。
おばちゃんとは、京平の祖母の姉、京平からみたら大伯母にあたる夏子の事だ。夏子は惣菜店を営んでいる。もともとは夫婦で経営していたが、二十年近く前に夫が亡くなってからは、一人で切り盛りしている。
その夏子が先週、自宅で転倒して足を骨折し、入院した。全治2か月という診断で、一か月程は入院が必要となった。
夏子が入院している間、部屋の換気と、金魚のエサやりの役割が京平にまわってきた。京平はバイク通学なので、大学の帰りに少し遠回りをすれば夏子の店には寄る事ができるし、「おばちゃんには世話になったんだから」と言われれば断れない。夏子には子供がいなかったので、京平は本当の孫のように可愛がってもらったのだ。少し面倒ではあるが、「了解」のスタンプを送った。
図書館に寄ったりしていたら、夏子の店に着いた時には、すっかり日が暮れていた。一応、換気とエサやりをし、シャッターに、
「店主ケガの為 しばらくお休みします」と貼り紙をしておいた。
家に帰ると、祖母の恵子も一緒に食卓を囲んでいた。恵子は、普段は近所で一人暮らしをしているが、時々京平の家にやってくる。
「夏子も、これを機会に、店なんかやめてこっちに引っ越してくればいいのいねぇ。」
恵子が言った。
「本当だよな。実家だし、実の姉妹なんだから、遠慮しなくていいのになぁ。」
京平の父、直樹が同調した。
「お客さんが…っておばちゃんは言うだろうけど、コロッケだって、から揚げだって、コンビニでも、スーパーでも安く買えるしね。」
言いながら、母はスーパーのお惣菜を食卓に並べた。
3日後、京平は再び夏子の店を訪れた。
店の前にバイクを止めると、先日京平が貼った紙に、書き込みがしてあるのが目に入った。
「おばちゃん、はやく元気になってね」「再開を待ってます」「お大事にしてください」等、子どもの字と思われる物、カラフルなペンで書かれた物、お客さんたちからのメッセージだった。京平がメッセージを読んでいる間にも、メッセージを書き残して行く人がいた。シャッターを開けると、今度は京平に事情を尋ねる人が数人続いた。
「もしかして、京ちゃんですか?」
最後に女子高生に尋ねられた。
「おばちゃんが、良く話してくれました。」
女子高生は、ふふっと小さく笑った。おばちゃんは、お客さんに自分の親戚の事を話したりしているのか。京平は思った
「君、良く来るの?」
「ウチの学校の生徒は皆、良く来ますよ。」
そういえば、すぐそばに高校があった。
「近くにコンビニもスーパーもあるじゃん。そっちの方が安くて便利じゃないの?」
「安くて、便利って言ったら、コンビニやスーパーなのかもしれないですけど。そういう事だけじゃないっていうか。」
女子高生は、鞄からファイルを取り出した。
「私、写真部なんです。これ、おばちゃんに」
ファイルには、お店のお客さんと、おばちゃんの写真が詰まっていた。高校生、スーツ姿のサラリーマン、親子連れ。おばちゃんと同じ年代と思われる人達。おばちゃんと、お客さんの笑顔。どの写真も、生き生きとしていて、温かく、活力にあふれていた。この写真の様なふれあいの中でなら、夏子が自分の事を話していたのも不思議ではないと、京平は思った。彼女の言う、「そういう事だけじゃない」という理由が、そこに写し出されている様な気がした。
京平は、そのまま夏子の病院へ足を運んだ。夏子は、ぼんやりと窓の外を眺めていたが、女子高生から預かったファイルを手渡し、スマホで書き込みの画像を見せると、「まぁまぁ、へぇ。」と感嘆の声を漏らしながら、嬉しそうに見入った。入院生活で青白くなっていた夏子の肌が、ふわっと薄いピンク色に変わるのが分かった。
「なあ、おばちゃん、おばちゃんの店って、物を売ってるだけじゃないんだな……」
夏子は写真に夢中で、京平の言葉は聞こえていないようだ。写真をなでたり、前の写真に戻ったり。京平は、声を少し大きくした。
「おばちゃん、まだ店やりたいんだろう?」
「でもねぇ……。姉さんや直樹や…心配かけたし、反対してるだろう?」
「お客さん達、待ってるよ。やれる間は続けてみたら?俺、週2回くらいなら様子見に行けるし。ってか、手伝うよ!」
「えぇ? 本当に?」
「その代わり、ご飯食べさせてくれよ!」
夏子は、京平の手をとり、嬉しそうに「うん。うん。」と何度も頷いた。