阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「知らぬが仏」獏太郎
高齢化が進み、独居老人たちの心の拠り所は、愛玩動物が大きなウエイトを占めるようになっていた。深刻な問題もある。飼いきれなくなった動物たちを、無断で公園などに捨ててしまうことだ。定期的に保健所の職員が回収をする。その後、多くの動物達が殺処分される。失われる命に多くの国民が「殺すな!」と声を何度も上げた。
あるペットショップが全国的に話題となっている。場所は保健所が回収した動物を屠殺するところの真横だ。場所だけではなく、扱う動物の種類に注目が集まる。珍しいものが格安で手に入る。愛らしさを充分に兼ね備えているものも多い。それはまず、独身女性の心を掴んだ。次に多いのが親子で来る場合だ。子供が親に飼ってあげようよと何度もねだる。遠方からも購入者がやって来る。中には孫に手を引かれてやって来る老人もいる。
ペットショップはホームページで訴え続ける。
―風前の灯である動物たちに、もう一度愛情を!
今日の営業を終えて、店はシャッターを閉めた。店主は隣にある屠殺場の裏口へと向かう。ドアの横には自動ロックがある。手のひらを機械にかざすと、「確認」とディスプレイに文字が現れて扉が開いた。中は明るく、コンベアが所狭と並んでいる。沢山の種類の動物たちが流れていく。その様子をじっと見つめる男がいる。落ちそうになった動物をコンベアに戻す。店主は男に近づいた。男の前には、動いていない空のコンベアがある。
「また頼むわ」
そう言ってメモを差し出す。
「さぁ今度はどんなのかなー」
男は手渡された紙を見ながら、操作盤に接続されたキーボードで打ち込みを始めた。パンと音をさせながらエンターキーを押した。すると眼の前のコンベアが動き始めた。しばらくすると可愛い犬が出て来た。
「こんな感じか?」
「そうそう、これやで」
「ホンマにボロい商売やで」
「何も知らんのは国民だけや」
店主はコンベアの上にいる犬を抱きかかえた。お腹をまさぐる。そのまま手をあごの方にスライドさせた。何かを掴んだ。喉元から尻尾の方に向けて勢いよく手を引くと、犬の毛の下に金属の肌が見えた。
「もうこの星には生きている動物はわずかなんやで」
「殆どがロボットで再生されたって知らへんやろうな」
「自分たちが命を粗末にして今度は〈殺すな!〉って虫が良すぎるで」
「それで俺たちは飯を食ってるんやけどな」
政府は、実験的に精巧に作られたロポット動物を秘密裏に市場に放出した。不法投棄された機械の動物達を回収し、再利用できる物はバラバラにして再生し、隣のペットショップで販売をすることにした。店主は売れそうな動物をピックアップし、隣の施設に製造の指示を出している。殺処分にかかる費用を抑えるための極秘プロジェクトだ。日用品で節約をしても、心の癒しとなるペットには惜しまず財布の紐を緩める。そう目論んでのことだ。この店舗で上手く行けば、全国展開も想定されている。
「今月も色をつけてもらえそうな感じや。ええ感じで売れとる。やめられへんなぁ」
「お前、店の客に絶対しゃべんなよ。口止め料代わりに色が付いてるんやからな」
「わかってるって」
「そやけど、客も動物も可愛そうな話やな」
男は店主が抱いていた犬を胸元に寄せた。包み込むようにだっこして、何度も頭をなでた。
ある朝、総理は官邸でテレビを見ていた。そこへ秘書がやって来た。
「総理、実験結果のデータでございます」
「ご苦労さん」
秘書から渡された書類に、総理は目を通す。再生された動物の売れ行きは、予想を上回る勢いであった。背後で何か物音がした。総理は頭を後ろに回す。
「総理、首を回しすぎです。そんなにもヒトの首は回らないものですよ」
「そうだった、気をつけねば」
総理は真後ろに向いた頭を前に戻した。