阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「彼岸祭」白浜釘之
「彼岸、ってなあに?」
彼岸祭の準備のため、慣れない手つきで菓子作りの練習をしていると、まだ幼学校に通っているくらいの男の子がやって来て訊ねる。
「川の向こう側、っていう意味よ」
私はちょっと迷って、言葉の本来の辞書的な意味を答える。
幼い彼に宗教的なことを伝えてもピンと来ないだろうと考えたからだ。
「ふーん。川って三途の川のこと?」
「そうね。よく知ってるわね……誰に聞いたの?」
「長老様」
幼い彼の答えを聞いて思わず私の頬は緩んでしまう。
あの厳しい上司が、今や好々爺然として、幼い子供たちに長老様と呼ばれていることが微笑ましかった。
「そう。長老様は何でも知ってるからね。色んな事を聞いてみるといいわよ」
私は彼に向き直って、
「三途の川っていうのは、亡くなった人があの世へ行く時に渡る川のことなの」
と、きちんと説明してあげることにした。
「じゃあ川の向こう側っていうのは死んだ人がいる方っていうこと?」
男の子がまた聞いてくる。
贔屓目もあるだろうが、総じてこの開拓地の子供たちは聡明な子が多いような気がする。
優秀な子供ばかり集められているのだから当たり前といえば当たり前だが、この土地の前途を思うと喜ばしいことだ。
「そうよ。お彼岸の時にはあの世とこの世が近くなるの。だから亡くなった方々のためにこうしてお菓子を用意したりしておもてなしをするの」
私も実はお彼岸についてはあまり理解していない。しかし開拓の犠牲になった方々を祀るために春分が近づいたこの時期に、『お彼岸祭』としてようやく新しい土地に慣れてきた開拓民たちが一体感を高めるためのイベントを行うことは意義のあることだと理解している。
「ふうん。ねえ、それ、ちょっと食べてみていいですか?」
男の子はあくまで質問の流れで私が作っているお菓子を指差して訪ねている風を装っていたが、最初からこれが目的だったのだろう。
……やっぱり子供ね。
私はそう思いながらも、すぐにお菓子に向かわずに、私を油断させておいてから目的の品に近づくという彼の頭の良さに感心した。
「いいわよ……だけど、みんなには内緒ね」
私が片目をつぶってみせると、男の子はにっこりと笑ってそのお菓子に手を伸ばした。
「おいしい!」
一口ほおばり、男の子は屈託なく笑う。
「そう、よかった」
私は彼の顔を眺めてホッとした。
文献を見て作った「おはぎ」という米を小豆の餡でくるんだお菓子が彼は気に入ったようで、あっという間にぺろりと一個を平らげてしまった。
「そんなに美味しかった?」
「うん、とっても……でも、なんでこの時期が彼岸なの?」
「春分といって、昼と夜が同じ長さになる日だからよ」
「ふうん。ねえ、そっちにもう一個同じお菓子があるんだけど……」
男の子はおそるおそる、私が作ったもう一つのおはぎを指差した。
「……いいわ。こっちも召し上がりなさい」
私の言葉に男の子は喜んでもう一個のおはぎを頬張る。
「どうして、同じ祭壇が二つもあるの?」
「こっちの祭壇はね、私たちの故郷に残してきた人達のためのものなのよ」
私は、二つ並んだ、きらびやかな装飾の施された仏壇と呼ばれる祭壇を見つめて、故郷のことを思った。
最終戦争によって荒廃し、滅んでしまったであろう惑星……その中の、我々一握りの科学者たちと、優秀な遺伝子を持った受精卵……目の前の男の子もその中の一つだった……に最後の希望を託し、ロケットで送りだしてくれた故郷の星を思う。
果たして数百年後、私たちはこの星に降りたち、ようやくここまで開拓を進めることができた。そんな彼らに感謝の意を込めて、公転周期の長いこの惑星で、ようやく訪れた春分の日に取り行われる彼岸祭。
今回のこのイベントが成功すれば、次の秋分の日には、今の私くらいの年齢になっているこの子供たちの世代が、この開拓地を発展させ、もっと盛大な彼岸祭が行われるだろう。
その時のために、私はこの星の夜空にかかる天の川の彼岸にある地球という星のことを、いいことも悪いことも含めて、彼らに教えていかなくてはならないだろう。