阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「カボチャの馬車と舞踏会」香久山ゆみ
「あーあ、カボチャの馬車で迎えに来てもらいたいわぁ」
平凡な日々からの逃避的妄想がつい口をついて出てもうて。ちゃぶ台を挟んで無心に食べてた手ぇがピタッと止まって、顔を上げる。
「は? なにがカボチャの馬車や。カボチャみたいな顔して」
「うっさい。誰がカボちゃんやねん。おたんこなす!」
「誰がナスビの懸賞生活じゃ。お前なんか誰がカボチャの馬車で迎えに来てくれるかいな。せいぜい、このキュウリの漬物やな」
ヤスが小皿の漬物をつまむ。小憎たらしい。
「別にぃ。うちもあんたに迎えに来てもらいたい言うてないし。お・う・じ・さ・ま、に迎えに来てもらうんやし」
「ぶひゃ。おうじさまぁ?」
「ええやろ、カボチャの馬車と、ドレスで舞踏会。乙女の夢やん」
「あほか。大体な、考えが甘いわ。誰かに迎えに来てもらうなんて。ほんまに行きたいなら自分から行かな」
そんな風に、いつもふざけて喧嘩ばっかりして。おかげで、ナスやキュウリ見るたび、あんたのこと思い出す。でも、そうやって本音でぶつかり合えんの、あんただけやし。
高台に建つ古くて小ちゃなアパート。うちとヤスの城。窓からは裏の児童公園を見下ろせる。でも、盆踊りの時期はかなわん。ドンドンドンと、大音量の河内音頭がめちゃうるさい。窓締め切っても聞こえてくるし、テレビの音は聞こえへんし、喋るんも近うで大声出さんと聞こえん。ほんまかなわん、ってぶうぶう文句言ってたら、ヤスが言った。
「ほんなら、敵陣の懐に入ってまうか。踊りに行くか」
「えー、いやや。恥ずかしい。それに……」
「それに? なんや、聞こえへん」
「だって、ヤス前に言うたやん」
「なにを?」
「盆踊りの中、おばけがおるって」
見下ろす公園の盆踊り。櫓を囲むように老若男女がくるくるひらひら踊ってる。浴衣の人、Tシャツの人、いろんな人。中には出店で買ったお面をつけた人もおる。ぞっ、とする。だって。ヤスが言うたんやん。
「いや、おばけとか言うてないし。おばけやのうて、ご先祖様やて」
盆踊りは、お盆に帰ってきた先祖の霊を供養するためのお祭りやから。たまに踊っているもんの中に、そういう霊が混じっていたりする。そう、ヤスが言った。
「あほやな。そんなん信じとんのか。行こうや。お前の好きな舞踏会や」
「どこが。ぜんぜん舞踏会ちゃうし。舞踏会はキラキラしたドレスでダンスするんやし」
ほな見てみい。ヤスが押入れを開ける。じゃーん、って。
浴衣。
白地に紫の朝顔。ピンクの差し色。かわいらしい浴衣。
「……なにこれ」
「王子様からドレスのプレゼントや」
「誰が王子様やねん」
一応つっこんだけど、ものごっつう嬉しいて。ヤス大好きや。そのまま燃え上がってもうて。結局、その年の盆踊りには行かれへんかった。
また来年。これ着ていっしょに盆踊り行こうな。
そう約束した時には、すっかりおばけの話なんか忘れてた。
せやのに。
今年は、うち一人で盆踊りに行く。あの浴衣着て。
ドンドンドン、裏の公園から河内音頭が響く。うるさいから、あんたの声も聞こえへん。でも、このうるさいのもこれで最後。この夏が終わったら、このアパートも引払うから。
うちらにカボチャの馬車は似合えへん。ほんまやね。
一昨日の晩、あんたのための小ちゃな祭壇に、キュウリで作った馬を供えた。キュウリの馬車で迎えに来てくれるって言うたやろ。なのになんで来てくれへんの。いけず。
「誰が迎えに行くか」って。ヤスならそう言いそうやわ。もう俺のことはいいからしっかり生きろ、って。
でも、会いたいんよ。
「ほんまに行きたいなら自分から行かな」
そういえば、そう言うてた。だから、もしかしたら。うちが行くの待ってる?
別に後追いしたいわけやないよ。いや追いかけて一緒にいたいけど。でも、あんたが惚れたうちやから、ちゃんと生きるよ。
でも、もう一遍、会いたい。怖がったりせえへんから。最後に、もう一遍だけ。
盆踊り行ったら会える? ドンドンドン。太鼓の音、うるさくてよかった。泣き声、消