阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「アメノウズメの里」さかいまりえ
夏休みがいつも憂鬱だった。お盆があるから。お盆は父親の実家に行かなきゃならない。そこには、どこから湧いたのかってくらいの親類が大集合する。で、男は座って宴会。女衆は台所にこもってひたすら給仕。
「まあ、よくある田舎の話だけどね」
「お正月は集まらないんだっけ」
一也が結婚式のパンフレットをめくりながらこっちを見た。
「うん。お正月は湯治に行ってる親類が多いから、お盆だけってことになってるの」
私も、物心ついた時にはお盆を持って空のビール瓶やら灰皿を集めてテーブルの間をうろちょろしていた。
「おお、大きくなったなあ、乃梨子」
「ありがとうございます」
酔っぱらい達のお酒臭い息はたまらなく嫌だったけど、笑顔で対応しないと後で父親に怒られるから仕方なかった。普段は優しい父親だったが、自分の実家に帰ったらお尻に根っこが生えたみたいに動かなくなる。
給仕をしてると、酔っぱらったおじさん達が時々お小遣いを大盤振る舞いしてくれることがあったから、それ目当てに頑張っていたようなものだ。
だけど、それも子ども時代まで。ちょっと大きくなると、いわゆるセクハラの嵐だった。
「乃梨子はもうお赤飯炊いてもらったか?」
「おお、もうブラジャーしてるのかあ?」
「下の毛は生えたか? どれ、見せてみい」
これは全部、中学にあがった年のお盆に言われたことだ。
「もうやだ、お母さん」
その時はさすがに泣きが入り、台所に駆けこんで母親のエプロンを引っぱった。「外に行きたい」だか「何か買い物に行く」とか、とにかくこの場から出たいみたいなことを言った記憶がある。
が、母親は煮物を盛りつける手を止めずに「何言ってんの。さっさとこれ運んで」とお盆の上に大皿を乗せた。
「お母さん……」
「耐えなさい」
それでもぐずぐずしていた私を、一年に一回だけなんだからとせっついて母親は台所から押し出した。私の手はお盆をぎゅっと握りしめるしかなかった。
「だから、お盆は苦手。物を運ぶお盆も、行事のお盆もね」
「大変だったなあ、そりゃ。でもまあ、来年からはうちに帰省すればいいから」
「うん」
私たちは来年結婚する。そうすれば、一年に一度の憂鬱な行事はなくなるのだ。母親自身が、女は嫁に行ったら嫁ぎ先の家に尽くすものって考えだもの、私が婚家に帰省しても文句は言うまい。
「……一也のとこは、親戚が集まって宴会したりするの?」
「うん。盆暮れ正月には集まる。でも、乃梨子んとことは逆で、うちの実家は全部男が準備するんだ。女性は上げ膳据え膳だぜ」
「本当?」
にわかには信じられない。
「うちの実家があるのは、アメノウズメっていう女神様を信仰してる土地なんだ。女性は敬うものって考えなんだよ」
「そうなんだ……。すごい」
「ただ、ちょっとした風習があって」
そら来た。うまい話には裏がある。
「ほかの土地からお嫁に来た女の人は宴会芸を披露するんだ」
「芸?」
一発芸か。それは確かに用意しておかないといけない。その場で言われて急にできるほど私は芸達者じゃない。手品とか、歌とか、何か仕込んでおかなきゃいけないのか。
「わかった。何か考えるよ」
「あ、いや、やってもらうのは決まってるんだ。ダンス」
「ダンス?」
「そう。アメノウズメは踊りの神様だから」
「ダンスか……」
「そう。楽しく踊ってもらえればいいから。もうお盆で料理を運ぶ必要なんかないぜ」
一也とぶじ結婚して初めてのお盆。私に渡されたのは、小さな丸いお盆だった。
「服を全部脱いで、これで隠しながら踊るんだ。アメノウズメ様は、天照様が天岩戸におこもりになった時、情欲的な踊りで気を引いた女神様だから。じゃあ頑張って!」
一也はそう言ってさっさと行ってしまった。
これからは年二回、いわゆる裸踊りをしなければならないようだ。
耐えなくちゃ。私はまた、お盆を握りしめた。