阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「貫太の盆踊り」清本一麿
「貫太も踊りな」
「おらいいよ」
貫太は母に連れられて盆踊りに来ていた。祭りの音や、オレンジの提灯や、出店のにおい、人々の息遣いなどが、十歳の貫太にはまるで異世界に思えた。中でも、中央で行われている踊りの輪が、一際非現実感を掻き立てる。
「踊りなって」
「だって知らんもん」
「隣の人と同じように踊ればいいさ」
母は何でもないように言うが、そういうことではない。貫太は人前で踊ることが恥ずかしいのだ。
「でも……」
「いいから踊んな。盆には祖先さまが帰ってこられるで。それを供養する踊りでもあるんだで」
「じっちゃも?」
「そうそう、じっちゃも見に来るで。さあ踊った」
母に、せかされるように貫太は踊りの中に入れられてしまった。ちょうど、曲の合間だった。貫太が周りを見ると、多くの見物客が輪を取り巻いている。
緊張感が貫太の喉をせりあがってきた。
「おばあちゃんさ、何でも踊れるのね」
「何だい?」
白髪の老婦人が、中学生の孫娘に言われて振り返った。
「どんな曲でも知っとるよね。さっきのなんて、結構……」
「ハイカラかい?」
「そう、ハイカラな曲だったのに」
「ハハハ、そんなことかね。あたしゃ、隣の人を見て踊っとるだけだに」
こちらでは、五歳になる女の子が、母親に何か言われている。
「いーい? マチ子。輪の中に入ったら、隣の人を見て、おんなじように踊るのよ」
「ママ、帯、きつーい」
「いいのよ、それで。じゃ行ってらっしゃい」
「はあい」
どくん、どくんと貫太の中で心臓が別の生き物のように跳ねる。たかが盆踊り、と思ってみたところで、一向におさまらない。
どうしよう、始まっちまう……。貫太は逃げ出そうかと考えた。だけど、みっともない踊りを晒すのも嫌だったが、臆病者と思われるのはもっと嫌だった。
幸い、ここは母の田舎で、知っている顔はひとつもない。貫太は覚悟を決めた。何とかなる。何とかなるさ……。そのとき曲が始まった。
――知らない曲だ。貫太は慌てて隣へと目をやる。
右隣は、白髪のおばあちゃんだ。自信ありげに真っ直ぐ立っている。貫太はその自信がうらやましかった。
左隣に目をやると、苦しそうに帯を押さえた小さな女の子が立っている。貫太の目には、この子でさえ、自信満々に見えた。
――ええい、もう、なるようになれだ。
曲が終わると、そこで踊りは一旦休憩となった。
貫太はおっかなびっくり、母親の元へ歩いた。気のせいか周りの人が皆こちらを見ている気がする。おらの踊り、変だったか?
母を見ると、やはり、その表情がおかしい。目を飛び出さんばかりに丸くして貫太を見ている。
「貫太、おまえ……」
母の震える声を聞いて貫太は思った。やっぱり踊らなきゃよかった。家でおとなしくしていればよかったんだ……。
「母ちゃん、おら、変だったか?」
貫太は泣きそうな声で尋ねた。すると母は答えた。
「そうじゃない、あんたの踊り、死んだじっちゃんにそっくりだ!」
おらとじっちゃがそっくり? 一瞬理解が追い付かなかった。だが、すぐじっちゃの顔を思い出した。いつも貫太を可愛がってくれた優しいじっちゃ。何故か貫太はじっちゃがすぐ側にいるかのように感じた。
そのときだった。周りからやんやの大歓声が巻き起こった。
「すごか!」
「こげな独創的な踊り、見たことなか!」
見回すと、皆が笑顔でこちらを見ている。貫太は、「独創的」の意味は分からなかったが、大好きだったじっちゃと同じだと言われ、大勢の人に拍手をされて、大いに照れた。
けれども、何だか、とっても嬉しくて、盆と正月が一緒にやってきたような気持ちになったのだった。