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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「貫太の盆踊り」清本一麿

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第40回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「貫太の盆踊り」清本一麿

「貫太も踊りな」

「おらいいよ」

貫太は母に連れられて盆踊りに来ていた。祭りの音や、オレンジの提灯や、出店のにおい、人々の息遣いなどが、十歳の貫太にはまるで異世界に思えた。中でも、中央で行われている踊りの輪が、一際非現実感を掻き立てる。

「踊りなって」

「だって知らんもん」

「隣の人と同じように踊ればいいさ」

母は何でもないように言うが、そういうことではない。貫太は人前で踊ることが恥ずかしいのだ。

「でも……」

「いいから踊んな。盆には祖先さまが帰ってこられるで。それを供養する踊りでもあるんだで」

「じっちゃも?」

「そうそう、じっちゃも見に来るで。さあ踊った」

母に、せかされるように貫太は踊りの中に入れられてしまった。ちょうど、曲の合間だった。貫太が周りを見ると、多くの見物客が輪を取り巻いている。

緊張感が貫太の喉をせりあがってきた。

「おばあちゃんさ、何でも踊れるのね」

「何だい?」

白髪の老婦人が、中学生の孫娘に言われて振り返った。

「どんな曲でも知っとるよね。さっきのなんて、結構……」

「ハイカラかい?」

「そう、ハイカラな曲だったのに」

「ハハハ、そんなことかね。あたしゃ、隣の人を見て踊っとるだけだに」

こちらでは、五歳になる女の子が、母親に何か言われている。

「いーい? マチ子。輪の中に入ったら、隣の人を見て、おんなじように踊るのよ」

「ママ、帯、きつーい」

「いいのよ、それで。じゃ行ってらっしゃい」

「はあい」

どくん、どくんと貫太の中で心臓が別の生き物のように跳ねる。たかが盆踊り、と思ってみたところで、一向におさまらない。

どうしよう、始まっちまう……。貫太は逃げ出そうかと考えた。だけど、みっともない踊りを晒すのも嫌だったが、臆病者と思われるのはもっと嫌だった。

幸い、ここは母の田舎で、知っている顔はひとつもない。貫太は覚悟を決めた。何とかなる。何とかなるさ……。そのとき曲が始まった。

――知らない曲だ。貫太は慌てて隣へと目をやる。

右隣は、白髪のおばあちゃんだ。自信ありげに真っ直ぐ立っている。貫太はその自信がうらやましかった。

左隣に目をやると、苦しそうに帯を押さえた小さな女の子が立っている。貫太の目には、この子でさえ、自信満々に見えた。

――ええい、もう、なるようになれだ。

曲が終わると、そこで踊りは一旦休憩となった。

貫太はおっかなびっくり、母親の元へ歩いた。気のせいか周りの人が皆こちらを見ている気がする。おらの踊り、変だったか?

母を見ると、やはり、その表情がおかしい。目を飛び出さんばかりに丸くして貫太を見ている。

「貫太、おまえ……」

母の震える声を聞いて貫太は思った。やっぱり踊らなきゃよかった。家でおとなしくしていればよかったんだ……。

「母ちゃん、おら、変だったか?」

貫太は泣きそうな声で尋ねた。すると母は答えた。

「そうじゃない、あんたの踊り、死んだじっちゃんにそっくりだ!」

おらとじっちゃがそっくり? 一瞬理解が追い付かなかった。だが、すぐじっちゃの顔を思い出した。いつも貫太を可愛がってくれた優しいじっちゃ。何故か貫太はじっちゃがすぐ側にいるかのように感じた。

そのときだった。周りからやんやの大歓声が巻き起こった。

「すごか!」

「こげな独創的な踊り、見たことなか!」

見回すと、皆が笑顔でこちらを見ている。貫太は、「独創的」の意味は分からなかったが、大好きだったじっちゃと同じだと言われ、大勢の人に拍手をされて、大いに照れた。

けれども、何だか、とっても嬉しくて、盆と正月が一緒にやってきたような気持ちになったのだった。