阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「送る火と」島本貴広
少年とその父母ら家族は毎年夏の盆の時期になると母方の実家へと帰省するのが習わしだった。母にとっては生まれ育った故郷へ行くのだからいいだろうけど、少年にとっては益体のない夏休みの一幕に過ぎなかった。特に少年にとって嫌だったのは、いちいち学校はどうだとか近況を聞かれることだ。もう高校生にもなるのに聞かれることが小学生の時と大して変わらないのも嫌気がさす。それに夕餉時にはいい大人たちが酒に酔ってどんちゃん騒ぎで、少年にとっては何も面白くない。そのせいでお盆が嫌いでさえあった。
帰省したその日の深夜、寝室としてあてがわれた仏間からトイレへと行くために縁側へと出た。縁側からは玄関先が見えるのだが、そこにぼんやりと火が灯っているのが見えた。父か誰かが煙草でも吸っているのだろうかと思い、その火に導かれるように玄関先へと出てみると、居たのは少年の母だった。戸が開く音に母は驚いて振り返るもそれが我が子だと判ると安堵した様子だった。母がこんな深夜に何をしているのか、少年はいささか驚いていた。
「何してるの」
「これはなんでもないのよ、気にしないで」
少年は曖昧な返答に懐疑心を抱くも、尿意と眠気でそれどころではなく、特に触れることもなく用を足すとそのまま床に再度就き直した。
その二日後の深夜。
翌朝にはこの母の実家から発つことになっていた。仏間はクーラーが効いていて寒いくらいで、そのせいか少年は尿意に襲われた。トイレへ行こうと縁側を通ると一昨日と同じようにまた火が灯っているのが見えた。
トイレを済ませた後、三和土のところから外を覗く。玄関は引き戸になっていて、少し隙間を空けるとやはりそこでは母が小皿の上で火を焚いていた。
「また変なことしてる」
引き戸をガラリと開けると開口一番にそう言った。少年の棘のある言葉に母はバツが悪そうにしていたが、息をなんとか吐き出すようにして話し始めた。
「これはね、私の叔父さん、その人をこの家に迎えて、そしてまた送ってあげてるの」
少年は怪訝な顔になった。訳がわからなかった。
「なんでそんなことするんだよ」
「好きだったのよ」
質問の答えになっていない。少年は意味がわからないとぼやいた。
「あんたは知らないはずだけど、私のお母さんには離れた兄がいてね。よく遊んでくれたのよ」
「確かに知らないなあ」
母は楽しい思い出でも思い出していたのか、愉快な人だったとくすくすと笑っていた。だが、「でも」、と言った瞬間母の様子が変わったのが暗夜の中でも手に取るようにわかった。
「昔、その叔父は喧嘩の果てに人を死なせて逮捕されて、家とは離れてしまった」
「そんなことあったの」
母はそう、と頷く。
「出所後は行方知らずでようやく分かったと思ったら、死んじゃってた」
「どこで?」
「どこか遠いところにいると思っていたんだけど、うんと近かった」
母は少年としゃべっている間、ずっと灯る火を見つめ続けていた。こんな母を見たのは初めてかも知れない。
「それでも皆は叔父の遺体を引き取らなかった」
「犯罪者は家族じゃないってこと?」
「それが普通よね」
二人の間に沈黙が降りる。母はそれ以上は何も言わなかった。
「それで、これは何?」
少年は母の元に寄り、小皿の火を指差した。
「これはね、送り火っていうの」
「送り火?」
「お盆の間に帰ってきてたご先祖様たちや故人があの世に戻るのに迷わないようにってするものなのよ」
「それを母さんは叔父さんを送るためにしてたのか」
「やっぱりダメかしらね」
「俺はそうは思わないよ」
自分のしていることが正しいことなのかわからない。もしかしたらダメなのかも知れない。けれども少年は掌を重ね合わせた。
「墓参りの時は適当に手を合わせてたのに」
母は驚いていた。
「なんとなく、だよ」
そう、なんとなく。なんとなく、お盆のことを理解できた。そんな気がした。