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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ホールフォビア」岡本武士

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第39回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ホールフォビア」岡本武士

「穴が怖いって言ったら、笑う?」

「いいえ。それは底が見えなくて、深くて、どうなっているか分からないから、とか?」

ゆったりと大きなリクライニングする椅子に座っていると、落ち着いてなんでも話せるような気になってくる。もちろん、そのつもりで来ているから、覚悟というか心積もりはできてはいるけど、さすが相手はわかってらっしゃる、話したい気分をしっかり後押ししてくれている。

「ちょっと違うかな。常に狙われている感じがするの」

「大っきくても? 小っちゃくても?」

「大きかったら、覗き込んだ瞬間、穴から何かが飛び出してきて――」

「食べられる?」

「まあそれも含めて穴の縁に沿って削り取られる感じがするの。勢いよく覗き込んだら胴体の半分くらい。そろそろ覗き込んだら頭半分くらい」

「小さい穴なら?」

「同じよ。その穴の大きさで抉られるの。だから穴を覗き込んだ目にその穴があくの」

「怖いね」

何か考え出しているのか、返事が当たり障りなくなってきている。話すのをやめたら、どうぞお帰りくださいってなっちゃうのかな? 話し出したんだから、自分でももう徹底的に話したい気分。

「うん。でも日常ではあまり困らなかったわ。思ってるほど穴ってないの」

「壁にあいてない?」

「たとえば画鋲の穴とかは大丈夫なの。それにさっき底が見えないって言っていたわよね? 怖い穴の要素にはそれも入っているの。だから竹輪の穴とかドーナツの穴とか、一応言っとくけど大丈夫なのよ。ねえ、コーヒーって飲めない?」

「いいですよ。一段落したら持ってきますね。じゃあ高いところが苦手、狭い所が苦手、ぐらいの困りようだったってこと?」

「そうね。まあ一番大変だったのが、小学校とか、中学校の音楽の授業での縦笛」

「え、笛の穴?」

「うん、ダメだった。穴を押さえている指がさっき言ったみたいに、今にも穴をあけられてしまいそうで持ってられなかったの」

ネタ、といえばネタ話。でも興味を持ってくれているのは間違いないみたい。

「それは想像できなかったなぁ。マンホールとかホースの穴とか蟻の穴とかはどう?」

そう言って立ち上がった。コーヒーかな? うん、簡単な流しから粉を溶かすだけのコーヒーを入れてくれた。

「良いにおい」

「最近はインスタントコーヒーって言わないらしいね。なじんだ言い方って、そうそう帰られないね」

口さびしいって言ったらさすがにあつかましいかなぁ。

「さっきの中ではマンホールの穴が一番ダメ。もし蓋が開いている上をジャンプで飛び越えようとしたら、その瞬間――」

「したらから、ザクッ」

大きくうなずいた。分かってくれるのはうれしい。

「蟻の穴はきれいな円じゃないから怖いとは思わなかったの。ホースの穴は、竹輪と一緒で穴の存在が弱いから大丈夫だったわ」

「さっきコーヒーを入れながら思ったんだけど、流しの穴はどう?」

「ヒィッ」

思わず体が縮こまってしまった。言わないでおこうと思っていたのに、まさか言い当てられるとは思わなかった。

「ふうん。いやなら言わなくてもいいよ」

「いえ、いえ、大丈夫。大丈夫。」

「ちょっと話を変えるね。コーヒーとか黒い飲み物の水面って、穴っぽくない?」

「……よっぽどリアルじゃないと、穴っぽいのは怖くないの。そう、流し台。流しの水が流れていく先を眺めていて、怖くなったの。思い出したわ……、小さいころ、流し台の水が流れていく渦を眺めていて、水が流れていった後の穴を眺めていて私は穴が苦手になったの」

「違うでしょ?」

「え?」

「穴に入り込んで、怖くなったんでしょ? 穴はあなたの羞恥心。穴があったら入りたい。恥ずかしさのあまり自分で入り込んだ穴。僕を埋めないでくれないか?」

風景が変わった。椅子の上でもきれいな部屋でもない。スコップを持って私は今まで話していたはずの相手を埋めようとしていた。

その眉間に穴が開いている。プラスドライバーであけた穴。

その穴に向かって、乗り越えるべくスコップの土を振りかけた。