公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「紀ノ川の鮎」織田はじめ

タグ
作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第37回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「紀ノ川の鮎」織田はじめ

小学6年生の時、和歌山県粉河町にある母方の祖父母の家を訪問した。初めての一人旅で緊張したが祖父母の顔を見ると自然と笑顔になった。早速歓迎の宴となった。

同居している叔父夫妻と私と同年代の従妹が一緒だった。従妹は亜里沙と言い、陸上の短距離の選手をしていて顔が小さく色黒だった。2年振りの再会だが、異性に芽える年頃で気になる存在だ。細身で切れの良い動作がまるで若鮎の様に思えた。それに比べて私はこって牛の様で鈍重だった。

食卓に近くの紀ノ川支流で採れた鮎の塩焼き、山菜、私の好きなビフテキが食べやすい様にサイコロ状に切られて用意されていた。亜理紗が会話をリードした。私は会話に入れずチラチラと横目で亜理紗を見るだけで結局言葉を発することは出来なかった。

翌日、祖母に言われて亜里沙と一緒にミカン山と紀ノ川に行った。亜里沙は予想通り野生児で、山で蛇を退治し、川で水中眼鏡を付けて5匹アユを槍で刺した。持って帰って夕食の材料になった。ちなみに私は全く採れなかった。都会のガキ大将も形無しだった。

三日目の朝、「亜理紗。今日もういっぺん川に行って、俺に鮎の捕まえ方教えてくれや」

恥かしさもありぶっきら棒に言った。

「ああええよ連れもっていこか」

紀州弁で呆気らかんと答えて準備した。

私は箱メガネを口に咥え必死に鮎を探した。息を堪え、箱を少し斜めにすると水中が良く見え鮎の群れを発見した。群れを目がけて槍を投げたが何回やっても捕まえることが出来なかった。

「もう少しだね。狙う鮎を絞らないと駄目だよ」

亜理紗のこの助言を私は無視した。

疲れて私が休憩している間に亜理紗は5匹捕まえた。

亜理紗はそれを器用に料理し川原で焼いて食べた。

「勇ちゃんは将来何になるの」

「俺は公務員になる」

「へえ固いところに行くんだね。勉強大変だね」

「来年から頑張る。俺、社会の先生が一番の希望なんだ」

野外活動では勝てないことが分かったので少し見栄を張った。

「私は陸上の選手になって国体に出てから看護師さんになる」

座って見上げる亜理紗の顔が川で反射された光線に照らされて輝き、腕の産毛がキラキラしていた。腰と胸の線も自分とは違い綺麗と思った。

こんな気持ちを亜理紗の声が打ち消した。

「じゃあ違う鮎の採り方教えてあげる。今度は網を張って捕まえよう」

急いで川に入って、二人で川の細い支流に白い目の網を張り、石を動かせて隙間を泥で詰めて川の流れを変えて支流の流れを増やした。こうして置いて上流から棒で川面を叩き笹で水中をかき回した。この作業を数回すると30分位経過した。

疲労からかお互いに無口だった。亜里沙は大きく肩で息をしていて、それに合わせて小さな胸が上下に動いた。

「亜理紗疲れたな」

「ホンマやもし。ワシも疲れた。これが最後」

大きな声が返ってきた。

最後は上流から泳ぎながら鮎を追った。川の中で鮎は驚いたのか右往左往していた。段々と包囲を狭めて網に追い込んだ。

亜理紗が大きな声を出し、それに負けずに大きな声を出し鮎を編みに追いこんだ。亜里沙が網を上げると網に鮎が20匹ほど絡まっていた。それを丁寧に取ってバケツに入れた。この収穫を持って意気揚々と引き揚げた。

滞在最後の日、食卓に鮎があり亜理紗と一緒に食べたが味は格別だった。

昨年、祖父母の法事があり、久しぶりに亜里沙と逢った時に、この時の話が出て盛り上がった。亜理紗は夢を実現し私は普通のサラリーマンになり肩身が狭かった。

そんな思いを吹き飛ばすように食卓には、亜里沙が昨日捕ったという鮎があり、二人で目一杯食べて昔に帰って大きなまん丸笑顔になった。