阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「運の総量」白浜釘之
「では、博士は運の総量というのは限りがないとお考えなんですか?」
インタビュアーは怪しげな装置を前にした博士に対して訊ねる。
「ええ、厳密に言えば運が無尽蔵にあるというわけではありませんが、少なくともこのちっぽけな惑星が全宇宙の中から使える運の量はほぼ無限に近い、というわけです」
「はあ……」
インタビュアーは胡散臭げなし栓を博士に向ける。
無理もない。この博士が発明したとされる『幸運をもたらす機械』というものの醸し出す安っぽさもさることながら、今インタビューを行っている博士の研究所というのがただのプレハブの粗末な小屋に過ぎないからだ。
「……失礼ですが、博士ご自身にはその機械は使用されていないんですか?」
「いい質問ですね」
博士はにやりと笑って言った。
「君は私自身のさえない様子や、このおんぼろの研究所を見て、『コイツ、自分には全然幸運がもたらされていないんじゃないか?』と考えたんでしょう?」
「いえ、そんなことは……」
インタビュアーは慌てて否定する。世間知らずのマッド・サイエンティストと思って少しなめてかかりすぎたことを反省した。
「まあ、そう思うのも無理はないですがね。しかし、この研究所をはじめ、私がこの研究に費やしたお金はほとんどゼロに近い、と言えば少しは信じてもらえますかね」
博士は自分の周囲を見まわして胸を張る。
「たとえばこのプレハブですが、これは去年のダービーの配当金で手に入れたものです」
「そうなんですか」
インタビュアーは驚いた。
粗末なプレハブ小屋とはいえ立てるには数十万はかかるだろう。
「それに、研究資金は全て宝くじの当選金で賄っているんですよ……あ、そうだ。今日は丁度宝くじの当選番号の発表の日だったな」
博士はそう言って、内ポケットから一枚の宝くじを取りだした。
「新聞に当選番号が載っているはずだから、君自身の目で確かめてくれないかな」
インタビュアーは博士に渡された宝くじの番号を新聞と照らし合わせてみる。
一等こそ当たっていなかったが、たしかに二等が当たっていた。それでも十分に高値の当選金が得られるだろう。
「一等は当たらないように運を調節しているんですよ……やはりこの星の中だけで限られた運をもらいすぎるとそれだけどこかで損をしてしまう人が出てきますからね」
「では、もしその『幸運をもたらす機械』を最大出力で使用すれば宝くじを買った人が全員当選するようになるんですか?」
インタビュアーはすっかり興奮して、勢い込んで博士に訊ねる。
「そんなことはありませんよ。だってあらかじめ一等の当たる数は決まっているでしょう。たとえば十人のうち一人しか当たらないくじで機械を使えば十人全員が当たるなんてことにはならないでしょう? 誰かが当たれば誰かが外れるんですよ」
「それもそうですね……ではやっぱりあまり意味のない機械なんじゃありませんか」
すっかり意気消沈してインタビュアーは帰っていったが、博士は「まあ見ててごらんなさい」と呟くと、その機械を最大出力にして起動した。
翌日から、世界は一変した。
ほとんど地上には存在しなかった貴重な金属が引責となって次々に降り注ぎ、最も貧しい国々の地下から突然資源が発見され、資源の枯渇の問題や貧富の差といった不安要素が解消されたことにより、人々の心に余裕ができるようになり、やがて世界に平和が訪れた。
「なるほど。博士が言っていたのはこういうことだったんですね」
世界連邦の樹立を宣言する各国首脳の映像を前に博士は再びインタビューを受けていた。
「そうです。この惑星の中に全宇宙の運の幸運をほんのちょっとだけ集中させればこのくらいのことは簡単にできるんですよ。なにしろ宇宙全体に存在する運の総量は莫大ですからね」
「では、この宇宙の中ではこの惑星の代わりに不幸になっている星もある、ということなんですか?」
「まあ、そうなりますね。しかし、この広い宇宙ではそんなことはちっぽけな、まるで気にする必要もないことですよ」
そう、博士の発明のせいで割を食っている惑星はこの宇宙にはたくさんあるのだ。
だから、私たちの住むこの地球上から、異常気象や災害、各地の紛争が一向に減らないのもこの博士の住む惑星に幸運がもたらされる限り致し方ないことといえるだろう。