阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作 「プラネタリウムの少女」藤岡靖朝
市の中心部から郊外へ向かって、車で十分ほど行った丘の上にプラネタリウムを備えた 科学館があった。
星空をドームの天井に映し出して見せてくれるプラネタリウムだが、今では全国どこの 都道府県へ出かけても、ないところを探すほうが難しいくらいに広く普及している。
そのような状況の中、ここの科学館では、 まだプラネタリウムが珍しかった時代に設備 を導入してから、その後、新しい機器に更新することもなく、半世紀以上にわたって、ずっとそのまま旧式の機械を使い続けていて、 現在では、その古さをむしろ逆手にとって、 現役最長老のプラネタリウムを売り文句にしているほどだ。
ここで学芸員として働いている丸山公子は、 展示の企画立案や収蔵品の管理といった本来の業務よりも、毎日四~五回上映されるプラネタリウムの番組の操作員兼解説パーソナリティーの一人としての仕事のほうがずっと大きな時間を占めるようになっていた。
丸山にとっても、毎回違った観客を相手にプラネタリウムの上映と解説をすることは決 してマンネリではなく、いつも新鮮な発見やちょっとした感動があったりして、この仕事 が好きになっていた。
遠足や社会見学でやって来る小学生の子どもたちは、ざわざわと騒がしくしていても、 番組がはじまり、ドーム内が真っ暗な「夜」 を迎えると、一斉にシーンと黙り込む。そし て、そのあと一番星を出して、徐々に星の数が増えていき、実際の都会の夜空では決して見られない満天の星空が頭の上に現われると、一気に歓声が湧き上がるのだった。子どもた ちのどよめく声を聞くのはいちばんの喜びで、 反応が良いと、そこからの番組進行もノリがよくなるのが自分でもわかった。と同時に、 子どもたちに本当の夜空を、星が空いっぱいに広がり、瞬いている光景を見せてやりたいと思うのだったが、実のところ、丸山自身もそのような景色はまだ見たことがなかった。
子どもたちがドームに入ってくるときの様子を解説の席からそっと眺めるのも丸山の楽しみのひとつであった。小さな観客たちは、その中央に大きなスペースを独占してどーん と鎮座している、異様な形をした巨大な機械に目を奪われ、驚き、そして疑間を抱く。
『これはいったい何だ?』
たくさんのキラキラした目が同時に同じ問いを投げかけている。従って、いつもプラネ タリウムの解説では機械の説明をするところから始めるのが常であった。もっとも、現在 では、大きな円柱の両端に丸い球をつけた、 腕の筋肉を鍛えるためのダンベルを数百倍もデカくしたようなプラネタリウムの大型機械はもうほとんど残っていない。デジタル機器の発達とコンピュータ制御技術の進化で、はるかに高性能な小型プラネタリウムがどんどんと登場しているからだ。解説員がいちいち操作をしなくても音楽や映像の切り替えまで自動的にプログラミングされた素晴らしいプラネタリウムショーが今の主流なのだった。
だが、ここはレトロなプラネタリウムではあるけれども、なぜか根強い人気があって、 いろいろなお客さまがやって来るようだ。
あるとき、8歳くらいの女の子を連れたお母さんが見えて、『娘の美帆にプラネタリウムを見せてやりたいのですが……』と言われたので、少しいぶかしく思いながらも事情を聞 いてみて、そのお母さんの気持ちを汲んでいつもより気持ちを込めて解説を心がけたことがあった。
まだ場内が明るいうちに、丸山はその女の子の手を引いて、恐縮する母親と一緒にプラネタリウムがいちばんよく見える席へ案内した。上映中も気になって、ときどき母娘の方の気配をうかがったが、暗い中では当然姿が見えるわけがなかった。
プログラムが終わると、他のお客さんたちが退場していったあと、最後まで残っていた二人のところへ丸山は足を運び、声をかけた。
「美帆ちゃん、どうだった?」
女の子は、にっこり笑って返事をした。
「うん、音楽も良かったし、おしゃべりも面白くてとっても楽しかったよ」
「そう、よかった」
彼女の答えを聞いて、丸山と母親とは顔を見合わせて微笑み合った。
「それにね、お星さまがよく見えたの」
女の子のことばに今度は二人が『えっ』となって固まってしまった。そんな大人たちにかまわず、女の子は続けた。
「だって、すごくていねいでわかりやすく星の解説をしてくれたでしょ。だから、お星さまがよく見えたのよ」
美帆ちゃんの言うことを聞いて、母親は目に涙をうるませていた。丸山も最高にうれし い感想をもらった気がして目頭が熱くなるのを感じていた。美帆ちゃんは生まれつき目が不自由なハンディを抱えていたのだった。