阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「抜け殻」田辺ふみ
「わあっ、きれーい」
女性陣から一斉に声が上がる。
目の前には青い空に白い砂浜、それに青い海が広がっている。ツアーガイドのわたしには見慣れた風景だが、日本では見ることができない美しさだ。思わず、声を上げる気持ちもわかる。
不思議なもので、年配の人が多いツアーでは、声を上げるのは女性同士で来た人たちだ。夫と来た女性はおとなしく微笑んでいる。 一人で参加している男性三人はレンズを換えてはカメラを構えている。
もう一人いる男性はぼんやりと海をながめている。
わたしは波打ち際に近づくと、手を振った。
「はーい、みなさん、こちらに集まってください」
集まってきたところで、足元の砂をすくうと、手を広げて見せた。
「ほら、わかりますか? これ、ここに一つありますよね。星型の砂。西表島のような有名な星砂スポットではないんですが、ここでも星砂を見ることができるんです。もちろん、数は少ないですが」
一人一人にガラス瓶のついたキーホルダーを渡す。
「キーホルダーはプレゼントです。このガラス瓶に入る量までは星砂を持って帰ってもかまいません。では、ここでの自由時間は三十分です。集合場所はあの階段前ですので、時間厳守、お願いします」
言い終わるより、早く、ツアー参加者たちは動き出した。
ただ一人、カメラを持っていない男性がぼんやりと立っている。秋谷さんだ。いつもそうだ。なぜ、ツアーに参加しているのだろう。
秋谷さんは年齢からいって、定年退職後。申込書に書かれていたのは苗字の違う女性名だったので、娘さんからのプレゼントだと思ったのだが、興味がないなら、断ることもできたはずなのに。
わたしはそばに近寄った。
「波打ち際の方がきれいな星が見つかりますよ」
秋谷さんはびくっとして答えた。
「なぜ、波打ち際の方がきれいなんですか?」
几帳面に質問を返してくれた。
「新しい抜け殻が打ち寄せられているからです」
「抜け殻?」
意外と知らない人が多いようだ。
「星砂って、有孔虫っていう小さな生物の骨が波で打ち上げられたものなんですよ」
「これが骨なんですか」
秋谷さんは砂をすくった。
「ええ、ビーチが白くてきれいなのは全て骨でできているからなんです。昔の骨は砕けて、丸くなってしまってますが、波打ち際は新しいので、きれいなんですよ」
秋谷さんは砂をながめながら、ぽつりと言った。
「あいつのお骨を持ってくれば、よかったかな」
「お骨ですか」
「ええ、妻が亡くなりまして。一緒に旅行に行きたいと言われていたのですが、行かずじまいになってしまいました」
秋谷さんの視線を追うと、ツアーメンバーの中の夫婦の方が歩いていた。手をつないで、ゆっくりと歩いている。
仲の悪い両親とはまるで違う、わたしの憧れの姿でもあった。
恋人にも振られ、ただ、仕事をしているだけで歳をとっていくわたしには憧れだけで終わるかもしれない姿だった。
「大丈夫ですか?」
秋谷さんに尋ねられ、わたしはあわてた。そんなに暗い顔になっていただろうか。
「大丈夫です。ちょっと、寝不足かもしれません」
体調のせいにした。
「わたしが言うのも変ですが、ガイドさんは大変ですね。無理しないでください」
「ありがとうございます」
お客さんに慰められるなんて、情けないが嬉しかった。
「秋谷さん」
何と言えばいいのだろう。
「秋谷さんが代わりにこの景色を見ただけでも奥様、喜んでいらっしゃいますよ」
秋谷さんは少し微笑んだ。
「娘もそう言って、このツアーを申し込んでくれたんです」
「じゃあ、楽しまないとダメですよ。きっと、奥様はそばにいますから」
そう言った途端、風が通り抜けた。
秋谷さんの目がそこにいない人を追う。
それから、微笑みが少し大きくなった。
そして、すくった砂の中から星を二つ選ぶと、ガラス瓶の中に入れた。