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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「クマムシ」森啓二

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第33回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「クマムシ」森啓二

隕石が落下してきた。

千年に一度巡ってくると言われる彗星が最接近したのだ。

前回この彗星が最接近した時には、その強大な引力によって、現在の中朝国境に聳える長白山(白頭山)の大噴火を誘発した。その火山灰は成層圏まで噴き上げ、更には気流に乗って北海道まで到達したという記録が残っている。

それは、かつてヴェスヴィオ火山がポンペイを沈めたように、その灰は降り注いで、高句麗の後に興隆して朝鮮半島から中国東北部にわたって支配していた広大な渤海国を滅亡に追いやった。

地球の側を通過する軌道が前回とずれていたのだろう、そんな彗星の尻尾の部分が、今度は逆に地球の引力の影響を受けたようだった。

そんな星屑などは大気圏突入で真ッ赤に燃え上がり、普通ならそのまま燃え尽きてしまうところだが、その燃え切らなかった残り滓とでもいうような塊が、砂漠のど真ん中に落下した。

それは直径数十センチほどの大きさで、大砂漠の中では肉眼で見つけられないような小さな穴を開けて、数十メートルの地下まで深く潜り込んだのだ

隕石の大気圏突入を観測していた科学者のグループ複数が、ただちにその隕石の採取に向かった。

彼らはGPSやグローバルコンピュータなど、あらゆる最先端技術を駆使して、隕石が埋まった痕跡を計算した。あるいはダウジングをするグループや、風水の羅盤を持ってきて座標を割り出そうとする非科学的なグループまでが集まって、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。

そして、その中の…もちろん最先端の科学測定装置を持ち込んだ…一グループが、遂にその地点を探し当てて、見事に隕石採取に成功した。

それは、大気圏突入のためだけとは思えない高熱による分子圧縮で、密度の極めて高くなった金属の塊のようだった。

その場で、簡易的な機器を用いて、放射線や電子顕微鏡での検査を行なって見たが、全く反応しなかった。

状況に変化があったのは、偶然のことだった。

研究者の中の無能な助手が、インスタントコーヒーを飲もうとして、誤って金属塊に水をこぼしてしまったのだ。

その途端、その金属塊に明らかな変化が現われた。

塊にひびが入り、それが全体に広がると、そこから卵の殻が割れるように、表層部分が剥がれ落ちた。

それは、宇宙空間を永劫の時をかけて飛び続けてきた生命体の、驚くべき防護の形態だった。

クマムシのように仮死状態で宇宙空間を飛び続けたその生命体は、悠久の時間の中で、そんな重金属の外皮をまとうようになったのだった。それは、あらゆる攻撃に耐性があった。

誰にもその生命体の動きを防ぐことはできなかった。

とうとう、生命体は捕食を始めた。それを防ぐことは、誰にもできない。

生命体は肉食だった。最初に犠牲になったのは、お間抜け研究員だった。生命体は触手をカメレオンの舌のように飛ばして、研究員をからめとった。

他の研究員たちは、それをただ観ているだけしかなかった。というより、次は自分と思えば、我先に逃げ出した。

全員退去命令が下り、半径五十キロは無人となった。

ただちに核爆弾が撃ちこまれた。もとより核実験場になったこともある砂漠だった、核兵器の使用に異を唱えることはなかった。

しかし、その宇宙を超えてきた装甲は、核爆発などでビクともするようなことはなかった。それどころか、周囲は完全に熱蒸発している中で、装甲の下に置かれた研究員にも傷一つ負わせていなかった。

このままでは、このクマムシ生命体は永遠に獲物を捕らえては食べ続けるだろう。永遠に食べ続けるということは、人類を滅ぼしかねない。

核攻撃でも死なないその生命体を前に、人類は滅びるしかないのか。

それから30年が経った。

人類は、まだ生き残っている。生命体は、まだ最初の1人目の研究員を食べている。

生命体の動きは最初に舌の伸びる範囲の獲物を捉える時だけは俊敏だったが、それ以外は実に緩慢で、いや緩慢を通り越して、動いていないかと錯覚するくらいだった。