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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「新型生物兵器」坂倉剛

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第33回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「 新型生物兵器」坂倉剛

「虫ってあなどれないんじゃないかと思うんだがね」とトニーが言い出した。

「虫?」とヒロシがいぶかしげに問い返した。

「虫といっても昆虫のことではないよ。もっと広い意味での虫だ。サナダムシとかね」

「分かってるよ。それで虫がどうしたって?」

「寄生虫が他の動物に寄生しているのは周知の事実だ」

「だから寄生虫っていうんだろ」

「まあ黙って聞きたまえ」トニーは相手を制してつづける。「寄生虫はただ単に宿主から栄養をかすめ取っているわけではない。しばしば宿主の体に影響を及ぼすことがある。たとえば東南アジアに旅行した者が生水を飲むと腹痛や下痢に苦しめられるが、現地の住人はいたって平気だ。これは現地人の腹の中に寄生虫がいて、そいつが作用しているからだ」

「そういえば」ヒロシも話に乗ってきた。「日本人が花粉症に悩まされるのは腹の中から回虫がいなくなったからだと言われてるな」

「しかし、虫の中には怖ろしいやつもいる」とトニーはつづけた。「宿主の脳にまで侵入して自分の思いどおりにあやつるんだ」

「心も体も丸ごと乗っ取るのか。エグイやつだな」

「一例をあげると、ある種の寄生虫はネズミの神経回路にはたらきかけてネコへの恐怖心をなくしてしまう。堂々とネコの前に姿をさらしたネズミは、パクリとやられるのさ」

「なんのためにそんなことを?」

「その寄生虫が引っ越しをするためさ。ネズミの体内からネコの体内へとね」

――と、ここまでなら男二人のちょっと知的な雑談にすぎなかった。しかし彼らは一介のサラリーマンではなく、世界的な科学者だった。トニーことアンソニー・パイン博士とヒロシこと川辺宏博士は、より専門的な方面へと話を進めた。

「実はな」トニーは声をひそめて言った。「寄生虫のこの習性を利用して、新しい生物兵器を開発できないかと考えてるんだ」

「兵器だって?」ヒロシは目を丸くした。「生物兵器や化学兵器は人道的見地から撤廃される傾向にある。作ったとしても使用できないだろうに」

「従来のような平気だったらな。私が考えているのは、コレラ菌やらマスタードガスとはまったくちがう新しいタイプのものだ」

軍事独裁国家の指導者Kは大食漢にして美食家だった。飢餓に苦しむ国民とは対照的に丸々と太っていた。

指導者Kと彼を支える軍部は、軍事的挑発をくり返していた。いくら国際世論に非難されても動じなかった。いつ戦争になってもおかしくない一触即発の危機が到来した。戦争もやむなしとの声があがったが、もちろん平和的解決が望ましいのは言うまでもない。

そんな中、大国による作戦計画が実行に移された。生物兵器を使用しての軍事行動だった。そう、トニーとヒロシの作った新型の生物兵器である。

作戦は静かに行われた。特殊部隊が上陸して病原菌や毒ガスをまき散らすという派手で危険なものではなかった。

ある夜、指導者Kは晩餐の席に着いた。卓の上にはいつものように豪勢な料理が並んでいる。

「海亀のスープでございます」

「ほう、これはうまそうだな」Kは満面に笑みを浮かべてスプーンを手に取った。

給仕は大国に買収されていて、周囲の目をごまかしてスープ皿にそっとカプセルを入れた。もちろん毒見役が先に手をつけたが、作戦に支障はなかった。カプセルの中身は毒物などではなく、数百匹の新種の寄生虫だった。

効果があらわれたのは翌朝だった。

「これから重大発表をする。すぐに準備をしろ」指導者Kは側近に命じた。

国営放送による異例の生中継が行われた。

Kが壇上に登った。大きな赤いボタンが設置されている。

「同志諸君、私は重大な決断に踏みきる。この赤いボタンは核ミサイル発射ボタンだ。私は今からこれを――」

Kはボタンに手を近づけた。さらに人さし指をのばす。押せば世界は破滅への道をたどることになる……。

「こんな物はもういらない」Kはボタンを押そうとしたのではなく、指さしたのだった。

「ミサイルはすべて廃棄せよ」

「うまくいったな」数時間後、トニーがニュース映像を見ながら満足そうに言った。

「大したものだ」とヒロシもうなづいた。

「Kの頭脳は寄生虫に乗っ取られている。虫にとって最良の選択がなされたんだ」

「虫も生きのびるためには世界平和を望むというわけか」