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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「金食い虫」やきたてもち

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第30回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「金食い虫」やきたてもち

質屋の息子の佐平は、手代を殴り、丁稚を殴り、小金を巻き上げて暮らしていたが、父親にだけは敵わなかった。けれども父が老いてのちは、かつてのような力もなく、佐平が好き放題しはじめるのも時の問題と思われた。そんな折、父・喜八は女中のおよねを雇ったところ、この女、こともあろうに佐平をたぶらかし、ともに夜逃げをしようという。それにはこの店の金だけでは足りぬというのだ。

「あたしは贅沢な暮らしじゃなきゃいやだ」

佐平は無い知恵を絞りに絞ったが、己のおつむでは思いつかない。

「およね、おまえ顔が広いんだから、いい金づるを知らないか」

「そういえば、このあいだ来たお客さんが、お金がもうかる訳ありの品を預かってほしいって何かもってきたよ。ところがねえ、親父さんたら、確かに大金持ちになれる品だろうが、うちで預かるわけにはいきません、だとさ。おまえさん、気にならないかい」

「そりゃおもしれえ。嘘か真か、ちょいと見てやるとしようか」

さっそく使いをやって呼んでみると客はすぐにやってきた。品物を見るまでもなくお断りしたいような、みすぼらしい老人である。

ところが彼が持ってきたのは、ずだ袋に入った一枚の小判であった。物乞いに使っていたずだ袋の中へ、いつの間にか納まっていたという。その小判が、一晩経つと二枚に増える。もう一晩経てば四枚、さらに六枚。

「このインチキ野郎。その小判でいくらぼったくろうってんだ」と佐平は腕をまくったが、

「いや、わしはもう金はほしくない。ともかく引き取ってくれ。これは金食い虫じゃ」

ふえるかはともかく、ただで小判が手に入ったので、佐平は大喜びだ。老人はもの言いたげな目つきでいたが、最後にこう伝えて逃げるように去っていった。

「ただし、決して夜中に近づかぬこと、決して餌を忘れぬことじゃ」

その晩のことだ。金蔵のなかでジョリジョリと硬いもののこすれる音がする。がばと起き上がった佐平だが、すぐに老人の言葉を思い出してひるんだ。それに金蔵に近づけば、喜八に気づかれるに違いない。そういえば、金食い虫とか、餌を忘れるなとはどういう意味だろう? 老人が手放したがったのも無理はない不気味な音がジョリジョリと続いた。

翌朝、佐平が確かめるとずだ袋の小判が二枚になっている。翌日は四枚。小判は順調に増えた。気味は悪いが金持ちになれるなら文句はない、と佐平はニヤニヤのし通しだ。

けれど、初めのころは無邪気にはしゃいでいたおよねが、ずだ袋が膨れ上がるにつれて鼠のようにおびえはじめた。

「気味が悪いよ。いったい何を食ってるってのさ」

「名の通りじゃねえか。金を食ってるんだよ」毎朝金蔵を確かめている佐平は、金食い虫たちの増えるのにくらべて、金蔵の銭が少しだけ減っているのに気がついていた。「一分銀とか、一分金を食ってやがんだ。なあ、そろそろ俺たちもどこかへずらかる頃合いじゃねえかな」

「よしとくれ。あたしはいやだ。そんな気味の悪いものもってなんか行かないよ」

当ての外れた佐平は困りきった。それで、金食い虫たちの餌が足りなくなっていることも忘れてしまい、その晩は金食い虫に何もやらずに寝てしまった。するとどうだ、翌朝になってみると、金食い虫の数が減っている。一分銀もない。大慌てで金蔵を検めようとするも、その日にかぎって喜八がやたらと用事を言いつける。一分銀はまたも与えそびれた。

夜半、佐平は金食い虫のことが気になって床の中で機をうかがっていると、金蔵のほうから盛んに犬の吠える声がする。野良犬でも紛れ込んだかと思うや、引きちぎられたような鳴き声が耳をつんざいた。あまりのことに床を飛び出していくと、蔵の門の下からどす黒い血が流れ出している。金蔵を開けてみると、あふれかえった小判の山が血だまりに崩れ落ちた。佐平は錠前が合ったようにすべて悟った。こやつらは、食ったぶんしか増えないのだ。同族だろうが動物だろうが、あるだけ食っては増えるのだ。ならば、次の餌はいったい?

血塗れの小判がつま先に落ちてくるや、佐平はぎゃあと声を上げて逃げ出した。そこへ、物陰から出てきたのが、およねである。

「馬鹿ねえ、金が金を食うわけないじゃない」

そうつぶやいて、母屋へ声をかけた。

「ほら、出ていらっしゃいな。金食い虫が出ていきましたよ」

すると母屋から喜八、例の老人、はしゃぐ犬、手代や丁稚が、ぞろぞろと顔を出してきて、肩の荷が下りたように笑いあった。そうして屋敷中の門に錠をおろすと、金食い虫を追い出した祝いに黄金餅をつこうじゃないか、と台所へ向かっていった。