阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「自動販売機の質屋」まんまるこ
ここに、お金を入れると、物に交換できる自動販売機があります。又、物を入れると、お金に交換することができます。
なんていう自動販売機が、置いてある町があった。
行き交う人、行き交う人、誰もが見て見ぬふりだった。やっぱり、みんな思うことは、同じなのだろう。怖いのだ。ぼくもみんなと同じ気持ち。気になって、一瞬、看板を見るも、立ち止まって、じっくり見ることはなかった。
この自動販売機は、仕事に行く途中のちょうど家から駅に向かう真ん中ぐらいにあった。だから、必ず、この自動販売機をみたくなくても見てしまう。いつのまにか、そこに設置してあり、ぼくが気付いた時は、ふるぼけた自動販売機だった。
何日も何カ月も、その自動販売機は、そのままそこにあった。誰かが何かをすることもなく、ただその場にあった。
ある日、小さな女の子っていっても小学生ぐらいの女の子だろう。ぼくが、いつものように、見て見ぬふりをして、歩いていると、
「ねえ、おじさん。この看板って、何てかいてあるの?」
ってきいてきた。ぼくは、女の子を無視することもできず、はじめて、看板の前に立ち止まり、じっくり読んだ。
『ここは、自動販売機の質屋です。物を入れると、お金にかわり、お金を入れると、物を買うことができます』
と、かかれてあった。ぼくは、このことを女の子に伝えると、女の子は「なんだか、わからないなあ」と口をまげた。そして、ぼくに、「ねえねえ、やってみて」と、いった。ぼくは、困ってしまった。なんだか怖くて、ふれないようにしていたのに、「やってみて」なんていわれると……。話して、ごまかそうと思ったけど、ぼくは、口ベタだ。まして、女の子の真剣なまなざしを、むげにことわることができない。とりあえず、ぼくは、汗をふいたハンカチを自動販売機の物のとびらに、入れてみた。
ウィーン ウィーン カチャカチャ チャリン
お金が出るとびらから、100円が出てきた。ぼくは、あっけにとられ、見ていると、女の子は、「わあー、すごい」っていって、そのままどこかへ行ってしまった。ぼくは、その100円をお金のとびらに入れ、
ウィーン ウィーン カチャカチャ
と、ハンカチを返してもらった。
次の日、ぼくは、ふと考えた。
――もし、自分自身、この自動販売機に入ると、いくらになるのだろう?
と、知りたくなった。
――人間は、価値がはかれません。
って、いいお話で、おわるのだろうか。ぼくは、絶対、お金にかえることができないと、思い込み、試しに、自動販売機の質屋に入ってみた。物のとびらに、小さくなり、なんとか入ることができた。
ウィーン ウィーン カチャカチャ
――よーし、ここで、人間は、ムリです。と、いうだろうと思ったら
チャリン
と、ぼくは、ガラスケースの中に入り、お金のとびらに、1円が落ちた。ぼくは、1円の値段にかえられてしまったのだ。
自動販売機のガラスケースの中から、この前をただ行き交う人々をじっと見てすごしていた。ぼくがそうしていたように、誰も自動販売機の質屋に見向きもしない。ぼくは、ずっとこの中にいた。
――もう、寝るしかない。このまま、ここで……。
ぼくは、ガラスケースの中で、ただじっと寝たり、起きたりしていた。
なんだか、どこかみおぼえのある1人のおばあさんが、自動販売機の質屋の前で、立ち止まった。
「なんて、懐かしいのだろう。」
しわしわだらけの声でいう。そして、おばあさんは、ぼくを見ると、お金のとびらに入っていた1円を取り出し、再び入れて、ぼくを自動販売機のガラスケースの中から、出してくれた。
――おばあさん、ありがとう
と、いおうとしたら、ぼくを“ぽーい”と捨てて、どこかへいってしまったのだ。
――ぼくは、今から、どうすればいいのだろう。
まわりを見ると、自動販売機の中では、気付かなかったが、風景が、とてもかわっていた。ぼくは、もう何十年も、この中で暮らしていたのだろう。再びぼくは、この中に入っていた。
ウィーン ウィーン カチャカチャ チャリーン