文章表現トレーニングジム 佳作「万感胸に迫る」 河野果歩
第7回 文章表現トレーニングジム 佳作「万感胸に迫る」 河野果歩
アトランタオリンピック開会式で、最終聖火ランナーとして会場入りした、モハメド・アリ氏の姿を見た私は、感動で体中が打ち震えた。人種問題を抱える国が、よくぞアリ氏を最終ランナーに起用してくれた。
アリ氏はボクシング界きってのカリスマボクサーだ。そのアリ氏が持病のパーキンソン病によって震える手で、聖火台に点火する。
奇しくもアリ氏と同じ病を患う父は苦虫を潰した目をし、母は騒動を起こすのも目立つのも嫌いだと言う。けれども世界中の多くの人が、万感胸に迫る思いで聖火点灯に見入ったのではないだろうか。思い返してみると、聖火点灯はどのオリンピックでも胸を打つ。
ギリシア神話によれば、火は天界からの盗品である。自然界の猛威や寒さに怯える人類のために、不死の神プロメテウスが盗んで与えたという。人類は火で暖をとり、調理し、やがて鉄を作り戦争を始めた。それを見た全知全能の神ゼウスは怒り、プロメテウスに拷問をする。ゼウスの目には、人類にとって火とは手に余る危険なモノに見える。
戦乱の中、ギリシア人は戦いの手を止め、ゼウスを称える祭事を行う。オリンピュア歴から四年に一度の祭事も、やがて競技が増えて近代オリンピックに繋がる。オリンピックが平和の祭典と呼ばれる所以だ。
それに欠かせないのが、聖火に他ならない。世界中の人々が万感胸に迫る思いで見入る火を灯すのを、どうかゼウスよお許しください。